「私たちは植物と生きている」という事実は、ロジックではなく、エモーショナルな瞬間との直感的な出会いがきっかけになることも多いものです。 「Botanical Moments」は、気鋭の写真家たちが、日々の中で植物の存在を強く感じた瞬間を自由に切り取ります。
季節の移り変わりを意識すると、植物の魅力や生命力に気づく
子どものころから自然は身近な存在でしたが、植物そのものに強く興味を惹かれたことはそれほどありませんでした。カメラマンとしても当初はファッション広告の世界で生きていこうと考えていたので、現在のように自然を対象に写真を撮ることもほとんどありませんでした。ただ、オフの日に気分転換に森や山を訪れているうちにすっかり登山にはまって、それから本格的に自然を撮ってみたいと思うようになりました。
いざ自然の写真を撮ろうと思うと、自分が撮りたい画を撮影するには数日ではとても足りず、それなら「いっそ山小屋で働いてみよう」と2017 年の夏に1 ヶ月ほど白馬岳の山小屋で働かせていただいたんです。実際に山小屋で生活してみると何もかもが素晴らしくて、翌年もそこで働くことに。その山小屋での生活がなければ、今のように植物に強い興味を持つことはなかったでしょうね。
撮りはじめたころはひたすら景色だけを楽しんでいましたが、花や葉っぱをモチーフにジュエリーを作る友人と一緒に山に行くと、足元の細かな葉や花に目が行くようになったんです。
すると形や細かな模様など、植物そのものの特徴や魅力にも気づくようになりました。
そんなふうに写真を撮っているうちに、季節の変化の中でひとつひとつの植物のエネルギーをリアルに感じられるようになっていったんです。
この写真は私の好きなブナの木です。さまざまな森を歩いてみて感じたのは「ブナのある森がとても豊かである」ということ。ブナの木がある地元の山は湧き水がとても美味しいし、他の山でもブナの周りは山菜やきのこなどが豊富で、周りの植物がとても生き生きしているように感じました。
なにより葉や木肌の色がとてもきれいだし、ブナが作り出す森全体の景観はとても素敵です。春から夏にかけては明るい緑の葉が鮮やかに広がり、秋には黄色の葉と光のグラデーションがとても美しい。冬は雪や寒さに耐え 、春になったとたん新芽が一生懸命に育っていたりと、季節によってさまざまな表情を見せてくれるのもブナの魅力で、私たち人間と同じように植物も生きているということを肌で感じました。
それと雨の日の植物も素敵です。そのことに気づいたのは苔の存在でした。梅雨の時季に八ヶ岳を訪れたとき、森に苔がたくさん生えていたんです。水があると苔はとても生き生きしていて見えるし、ビジュアルもとても美しい。それをきっかけに雨の日にも山を訪れるようになりました。私たちの暮らしにとってはネガティブな印象が強い雨ですが、「植物には雨の日のほうがかえって生き生きと見える瞬間があるものなんだ」と強く感じました。自分の足で山を歩き、さまざまな環境下で力強く生きる植物ひとつひとつに目を向けたからこそ、植物の持つ本質的な魅力に気づくことができたのだと思います。
─写真をはじめたきっかけは?
根本絵梨子(以下、根本):父親が写真好きで、物心ついたときからカメラは身近な存在でした。大学で建築の勉強をしていたのですが、現場を調査する課題があるとそこで自分で写真を撮っていました。ちょうどそのころフィルムカメラブームだったこともあり、自分でもカメラを手に入れていろいろ撮っていたらいつの間にか建築よりも写真の方が楽しくなって、就活中に何を一番挑戦したいかと考えたときに写真の道へ進むことに決めました。
─シャッターを切りたくなる瞬間は?
根本:何気ない景色でも「画角に収めたときに面白そう」と感じたらシャッターを切りますね。 被写体にフォーカスするというより、色の組み合わせやバランスが面白い画が好きです。
─好きな植物は?
根本:大まかに言えば四季によって表情が変わる広葉樹林のような樹木が好きです。ブナもそのひとつ。森や山に行くときは植生を見て行き先を選ぶことが多いので、地図で広葉樹林のマークがある場所を探したりしています。印象的だったのは、先日歩いたアメリカの東海岸の山が広葉樹林ばかりだったこと。日本の木々とも似ていて親しみやすさを感じました。
─日常の中でボタニカルを感じる瞬間は?
根本:普段から森や山に行くことが多いので、その度に植物の存在に癒されています。また天然酵母からパンを作るのですが、自然の食材で作られたものをからだに取り入れることもまた自然の恩恵を身近に感じる瞬間ですね。
─普段取り組んでいるサステナブルなことは?
根本:食器を洗うスポンジの代わりにヘチマを使ってみたり、洗剤は天然成分のものを選ぶようにしていますし、洋服は新しいものではなく古着を買うようになりました。また、奄美大島で泥染めや藍染めをしてから、シミや汚れで着られなくなった服を捨てずに取っておいて、島に行ったときにそれらを染め直して再利用するようになりました。
─今後挑戦してみたいことは?
根本:森の中で展示をしてみたいですね。自然をモチーフにした作品は都会で展示するのもギャップがあって面白いですが、森の中なら自然と作品が一体化してより魅力を直接的に伝えられるような気がするんです。2 年ほど前から構想していたのですが、最近その展示の仕方のアイデアが浮かんできて、近いうちに実現させられたらいいなと思っています。
山小屋での生活をきっかけに自然の魅力に強く惹かれていった根本さん。さまざまな山を自身の足で歩き、数多くの植物に触れてきたことで、「植物は人間と同じように生きているのだ」ということに気づいたのだといいます。彼女が自然からエネルギーをいただいたように、目には見えなくとも、私たちの日常のあちこちに、植物の存在が生み出すポジティブなエネルギーが広がっているのです。
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根本絵梨子
2010 年より渡豪。2012 年より代官山スタジオ勤務。2016 年よりフリーランスの写真家として活動。トラベルカルチャー誌『TRANSIT』などの雑誌をはじめ、さまざまな媒体で活躍。大の山好きで南米パタゴニアから国内の山々まで、写真を撮りながらアウトドアフィールドを旅する生活を送る。
Photographer: Eriko Nemoto Creative Direction: Mo-Green Co.,Ltd.