花の自然美をそのまま束ねたような、躍動的で魅力溢れる花束を
東京・目黒にある完全オーダー制の花屋「OEUVRE(ウヴル)」は、独創的なスタイルのブーケやアレンジメント作りで話題の店です。その代表兼フローリストである田口一征・岩永有理さん夫妻に、創作の源や花への想いについて伺いました。
自然体の美しさを追求し
生き生きと束ねられた花々
東京・目黒で、完全オーダー制の花屋「OEUVRE(ウヴル)」を営む田口一征・岩永有理さん夫妻。他の花屋とは一線を画す、オリジナリティ溢れるブーケやアレンジメントを提供しています。
それらは全て、一見無造作に見えながらも計算され尽くした、絶妙な立体感とくずし具合が特徴。通常ブーケを作る際はきっちりと螺旋状に組んでいき、きれいにまとめ上げるのが一般的です。しかし「私は作為的なものに抵抗があるんです。人間がエゴで束ねたようなものではなく、自然な感じでまとめたい」と話す田口さんは、極めてナチュラルな花の咲き方を再現。ブーケやアレンジメント作りは、「完璧すぎない、自然そのままの美しさを表現するイメージで。1本1本の花が生き生きとして見える場所、花にとって一番居心地が良い場所を探す作業です」と言います。
その手元は何とも軽やか。1本手に取る度に、花が最も美しく見える向きを定め、花の色や形、大きさによって、より自然に見える位置を模索し、咲き方に合わせて花同士の上下や前後のバランスを調整する…。これらを瞬時に行い、あっという間に組み上げる様は圧巻です。
決して勘やノリではなく、花本来の美しさをありのまま表現すべくとことん理論的に考えて構成した結果、どこまでも自然体な作品が生み出されているのです。
天然のものならではの
ニュアンスのある色彩美
自然体を追求したフォルムと並び、もう一つ特徴的なのが、色使いです。田口さん曰く「うちの花は、パッと目に飛び込んでいるような、はっきりとした赤・青・黄色というよりは、ニュアンスのある色味のものが多いです。人工的に色付けされた花を使うことも一切ありません」。岩永さんも、「グラデーションというか、色の流れは『OEUVRE』らしさが感じられる部分だと思います。一つひとつの花の色を大切に活かし、ブーケやアレンジメントを作る際には隣り合う花同士が自然に美しく見えるよう、形や大きさはもちろん、色の流れも考えて組んでいます」と話します。
そのため、選ぶ花材は一般的な花屋にはない珍しいものも多いそう。「お客様の期待を超えられるような、さらに自分のインスピレーションを駆り立てられるような、魅力的な花に手が伸びますので、結果的にそうなっているのかもしれません。少し変わった品種や色味の花を見ると、それをどう活かすか試してみたくなります」と岩永さんは言います。
派手な色使いで過剰に目立つのではなく、花を贈る・飾る場面において、その時々の場所、人、シチュエーションに自然に馴染むよう考え抜かれた絶妙な色使いも、独自の世界観づくりに欠かせないのです。
一人ひとりの心を掴むもの
時を超えて愛されるものを
既成概念に捉われず、独自の作風を持つ二人。けれど、その佇まいこそとても自然体で、「私たちは決してアーティストではないですから」と笑います。田口さん曰く「私たちのものづくりは、アートではなくデザイン。まず自分がどうこうではなく、お客様からのご依頼ありき。あくまでオーダーに対して自分たちなりのデザインで応えるという姿勢です」。
作品を通して伝えたいことも、実にシンプル。「お祝いでも激励でもお悔やみでも、花を贈るというのは、何だか不思議な感覚だなと思っていて。言葉にならない想いを、花を通して語るような。だからこそ私たちは、『依頼主の伝えたいことが、ちゃんと伝わるように』という一心のみで束ねています」と話します。
そんな二人のもとへは、誕生日や結婚記念日など個人のお祝い用の花束から、お店やイベントなどの装花まで、日々さまざまな依頼が寄せられます。ただ、基本的には「OEUVRE」の世界観に共鳴した人々からのオーダー故、用途と大まかな色味の希望を伝えられる程度で、あとは任せが多いのだとか。そこから二人は、贈る人と受け取る人それぞれのイメージを膨らませ、依頼主の想いを代弁するように一つひとつオーダーメイドで束ねていきます。
その結果、自然体なフォルムと色使いは一貫しつつ、ナチュラル、シック、スタイリッシュなど、テイストはさまざま。「OEUVRE」では「決まったスタイルがない」というのが独自のスタイルとなっています。
一方、こうした自然な美しさを追求した作品は、時代に翻弄されない、普遍的な魅力を持つもの。「今はもちろん、何十年先でも恥ずかしくないもの、良いと思ってもらえるものを束ねているつもりです」と田口さんが言えば、「永遠のベーシックというか、何年経っても古く感じない、いつ見てもきれいだと思われるものを、今もこれからも作っていきたいです」と岩永さん。流行りすたりのない美しさをもって、世代を問わず多くの人を魅了しているのです。
溢れ出る興味に正直に
デザイナーから花屋の道へ
今や数ある花屋の中でも一目置かれる存在となった二人ですが、実は異業種の出身。ファッションデザイン専門学校を卒業後、田口さんはOEMでブランド向けのアクセサリー作りに従事。岩永さんはアパレルの販売やOEMで洋服のデザインを経てウェディングの仕事に就き、ドレスやアクセサリーのコーディネートをしていました。
そんな中で、田口さんがよくアクセサリーのモチーフにしていたのが花。当時から、自然な花の形や、ニュアンスのあるボタニカルカラーに惹かれていたと言います。そこで、もっと花について知りたいという想いが募っていたところ、たまたま好きだった花屋がアルバイトを募集しており、働くことに。そこから花屋の仕事の面白さ、花の魅力に夢中になっていきました。
さらに、「自分で店を持つ際は、オーダーメイドでいきたいと。せっかちで飽き性、すぐ次のものを作りたくなるという性格もありますが、一人ひとりのお客様の想いに合わせたものづくりをしたいと考えるようになりました」。結果、5年半で独立を果たし、2014年に「OEUVRE」をオープン。妻となった岩永さんも仕事を辞めて合流し、二人らしい花屋のスタイルを確立していきました。
季節の花が日々の暮らしを
心豊かに彩ってくれる
デザイナーから花屋へと華麗なる転身を遂げた田口さんと岩永さん。二人とも元から花好きではあったものの、日常的に花に囲まれるようになったことで、心境にも変化が表れたと言います。
「花が仕事になってから、価値観が180度変わりました」と田口さん。それまでいたファッションの世界は次々と流行が移り変わり、新しいものこそ良いものだとされる世界。自身もそういった考えで生きていました。「でも、今はもっと本質的な豊かさを求めている感覚です。流行りの服や装飾品を纏うことより、部屋に美しい花を飾ることや、自然の素材を美味しく食べることなどにシフトチェンジしました」。
岩永さんも、「着る服が変わり、よりシンプルな装いをするようになりました。自分を豊かにしてくれるものが変わったんですよね」と言います。仕事場でも家でも花がある暮らしの中で、「例えば花の移り変わりを通して季節の訪れを感じますし、飾る場所や花器を考える楽しさ、花が咲いた時の嬉しさ、ふと花が香った時の高揚感など、色々な喜びが生まれます。それに、花は生き物なので、身近に触れていると生命力を感じたり、一つひとつ違う花の開き方や枝の流れの美しさに刺激を受けたり。花が日々の生活を豊かにしてくれています」。
以前は全く異なる世界に身を置いていたからこそ感じる、花の魅力。最後に二人に、「あなたにとってのボタニカルライフとは?」と尋ねると、「心を豊かにしてくれること」と笑顔。これからも花々の美しさをありのままに束ねて、届け続けてくれることでしょう。
田口一征さん、岩永有理さん
ファッション専門学校を卒業後、デザイナーとして活躍。デザインモチーフとして花への興味を抱く中、縁あって花屋としての道を歩み出し、2014年に自身の店「OEUVRE」をオープンした。完全オーダー制で作り上げる、花本来の美しさを追求した作品は、既成概念に捉われない斬新さと、時代やトレンドに流されない普遍的な魅力で支持されている。
植物と共に暮らすことを通じて見えてくる、新しい生き方。それは、今、この時代に、必要な選択肢かもしれません。ボタニカルライフスタイルにフィーチャーし、より豊かに暮らすためのヒントを追求していきます。
『自然と深いかかわりを築き、つながりを取り戻す』
19世紀オランダの画家、フィンセント・ファン・ゴッホ。自然への敬意が強く感じられる筆致や鮮やかな色彩は今も人々を魅了し続けています。
そんなゴッホに影響を受け、現代に同じくオランダで活動するアーティストたちの生き方に迫りました。