BOTANIST Journal 植物と共に生きる。

BOTANIST journal

PEOPLE 03

生命力溢れる木々や草花の美しさを、植物画を通して伝える

植物画アーティストとして活躍する傍ら、プライベートでは植物の栽培も積極的に行い、日常的に植物に囲まれた生活を送るSaori Ohwadaさん。そんな彼女に、植物に対する想いや絵のモチーフとしての植物の魅力、植物との暮らしについて聞きました。

機能を追求して生まれた
植物のデザイン美に迫る

植物をメインに描く、植物画アーティストのSaori Ohwadaさん。一つひとつの植物の個性を忠実に、魅力的に描いた作品は、多くの人を惹きつけています。
全体的なフォルムのみならず、葉の色や形、緻密な葉脈にまで目を凝らし、「植物のデザインって本当に面白いなと思います」と話すSaoriさん。さらに、植物を描くにあたっては図鑑などで特性を調べることが多く、葉がこの形なのは光を多く取り入れるため、根や茎がこの形なのは雨の少ない土地で水分を蓄え生き延びるため、といった事実を知ると「植物のデザインには、全て理由があるんですよね。それが魅力的だなと思いますし、複雑に見えて全く無駄のないデザインであるということが、とても興味深いです」と言います。故に、Saoriさんの植物画はリアルさを大切にしつつも、細かな構造はデフォルメしてしっかりと魅せるように描かれているのが印象的。植物の奥深い魅力が、さらに創造力を刺激しているのです。

また、自然の温かみを表現することも大切にしているそう。Saoriさん曰く、「何回も筆を重ねて、色を塗り重ねて、奥行きや陰影をつけています。そうすると温かみが生まれるんです」。そのため、絵の具は混色が作りやすく、重ねるほどに深みが出るアクリル絵の具を使用。中でも、光沢がなくマットな質感に仕上がるため、植物の風合いや空気感がナチュラルに表現できるという、アクリルガッシュ絵の具を愛用しています。こうして独自の表現力で描かれた植物画は、唯一無二の存在感を放っています。

ユニークな植物を探しに
世界各地の自生地へ

植物への興味と理解を最大限にまで高め、独自の植物画を描くSaoriさん。そのモチーフ探しにも独特な視点が光ります。
「よく近所の公園や植物園に行きますが、惹かれるのは珍しい色や形の植物。本やインターネットなどでも情報を集め、年に何度かはまだ見ぬ奇抜な植物との出合いを求めて、国内外さまざまな植物の自生地へ旅に出ています」と話すSaoriさん。近年だと、2016年にはアメリカからカナダまで1か月間かけてジョシュアツリー国立公園、セコイア国立公園、ヨセミテ国立公園を渡り歩き、2017年にはタイのチャトチャック植物市、2018年には世界一大きい花であるラフレシアを見にマレーシアのボルネオ島へ。他にも、マレーシア、台湾、ベトナム等々、世界中を旅している様子が伺えます。

また、「海外に行くと、日本では専門性の高い園芸店でしか取り扱っていないような珍しい植物が普通に道端に生えていたり、街路樹だったりすることも多いんです。思わずたくさん写真を撮るので現地の人には不思議がられますが、私にとっては貴重なもの」と笑顔。
今後訪れたい場所を尋ねると、「メキシコに珍しいサボテンを見に行きたい」「ナミビアに奇想天外を見に行きたい」「ソコトラ島に竜血樹を見に行きたい」など、次々と出てきます。
珍しい植物の自生地に足を運び、自分の目で見て、触れて、感じた素晴らしさを絵に落とし込むことこそ、Saoriさんのライフワークなのです。

植物からみなぎる生命力が
アーティスト活動の原動力

植物への強い情熱と探求心を持つSaoriさんですが、初めから植物画アーティストだったわけではありません。
2005年に仙台のデザイン専門学校を卒業してからは、印刷会社やアパレルメーカーのグラフィックデザイナーとして活躍。24歳になった2009年には上京してアーティスト活動を始めますが、しばらくは迷走していたと言います。「東京に来て自分の力量を思い知らされたというか、“自分にしか描けない絵”が無いことに気づいたんです。それからは、ストリートアート、ラインアート、抽象画など、いろいろと模索しました」。
そうして自分を追い込んだ結果、Saoriさんは25歳の時、原因不明の病に侵され1か月間の入院を余儀なくされます。「焦っていた時期に入院することになって、1日中ベッドの上。絵が描けない状況が続きました。そこで全てがリセットされましたね。今でも、あの時に私は1回死んだのだと思っています」。
しかし、この入院こそがアーティスト人生の終わりではなく、新たな始まりに。「退院して外に出た時に、辺りに生えている木々の姿がそれまでとは違って見えたんです。すごい生命力を感じたというか」。そこで何気なく樹木をスケッチしたところ「これだ! と、しっくりきました」と振り返るSaoriさん。自分にしか描けない絵に出合うことができた瞬間でした。
「元々、自然の中で遊ぶことや植物を育てることが好きな両親の下で育ったので、私も植物好きではあったんです。それに、昔から絵を描くことと同じく写真を撮ることも好きだったのですが、よく見返すと樹木の写真がたくさんあって。当時は何気なく撮っていましたが、その頃から樹木特有の幹のうねりや樹皮の模様が面白いと感じていたんですよね」。
こうして点と点が線でつながるかのように、ずっと無意識で触れ合ってきたもの、写真に収めてきたものである樹木との新たな関係性が生まれました。そこからは、樹木をモチーフとした作品を次々と発表。3年程経った頃からは自ら植物を育てるようになり、その奥深い魅力に惹かれる内に植物がメインモチーフとなりました。

自身の手で育てることで
さらに深く植物を理解

植物を描くことと同様、育てることにも夢中になっているSaoriさん。現在は自宅の庭で100種類程の植物を栽培していると言います。
「最初に挑戦したのは盆栽。でも、素人には難しすぎて失敗しました。その後は、ハーブ系から始めて、サボテンなどの多肉植物系、さらに珍しい植物の存在を知ってからは、そういったものも増えました」。もちろん初めから上手くいったわけではありません。枯らしてしまった経験を糧に、次第に上手く育てられるようになりました。
現在、特に多いのがサボテン。「サボテンは変化が無いと思われがちですが、きちんと育てればきれいな花を咲かせます。砂漠の状況を再現するように、水をしっかりやる時とそうじゃない時と、差をしっかりと作ること。あとはサボテンに限らず、日当たりと風通し、空気循環が大切です」とSaoriさんは言います。その様子から、日々植物を慈しみ、真剣に向き合う姿が目に浮かぶようです。

植物を探す、描く、育てる
ボタニカルライフを邁進

最後に「あなたにとってのボタニカルライフとは?」と尋ねると、「インスピレーションの源」という答えが返ってきました。日々、植物の生命力、デザイン性、機能美に心動かされ、自身の作品づくりに邁進。公私ともに植物と生きるSaoriさんならではの言葉と言えるでしょう。
今度もまだ見ぬ植物を追い求め、世界中を旅し、描き続けたいと話すSaoriさん。さらに最近では、昆虫への興味も高まっているのだとか。「昆虫にも配色や構造が特殊なものが多くて。その理由を探ると、植物と同じく生きるために進化した無駄のないデザインだということが分かって、昆虫も面白いなと思っています」。今後は植物と昆虫を一緒に描いた作品にも挑戦してみたいと話します。「あと、栽培で言えば、食虫植物。昔一度失敗したのですが、ガラスドームを使うと良いと聞いたので、早速購入し、作業部屋で4種類の食虫植物を育て始めました」。
まだまだ植物への想いは尽きないどころか、膨らみ続ける一方。自身のフィルターを通して植物の隠れた一面、新たな魅力を発信し続けるボタニカルライフは、まだまだ続きます。

「機能を追求して生まれた植物のデザイン美」

植物画アーティストとして活躍する傍ら、プライベートでは植物の栽培も積極的に行い、日常的に植物に囲まれた生活を送るSaori Ohwadaさん。
植物を慈しみ、植物の造形を鋭く丁寧に観察し、植物の機能美を存分にイラストに表していく。
そんな彼女に、植物に対する想いや、生き残るために進化した植物のデザイン美の魅力を伺った。

PROFILE

Saori Ohwadaさん

1985年生まれ、福島県いわき市出身。仙台市にある日本デザイナー芸術学院専門学校グラフィックデザイン専攻科を卒業後、印刷会社やアパレルメーカーに勤め、2009年に上京。2012年より植物画アーティストとしての活動を始める。個人から企業まで多様なオーダーに応えつつ、定期的に個展を開催。企画展や植物関連イベントにも数多く参加している。

共に生きる LIVE WITH

植物と共に暮らすことを通じて見えてくる、新しい生き方。それは、今、この時代に、必要な選択肢かもしれません。ボタニカルライフスタイルにフィーチャーし、より豊かに暮らすためのヒントを追求していきます。

『自然と深いかかわりを築き、つながりを取り戻す』
19世紀オランダの画家、フィンセント・ファン・ゴッホ。自然への敬意が強く感じられる筆致や鮮やかな色彩は今も人々を魅了し続けています。
そんなゴッホに影響を受け、現代に同じくオランダで活動するアーティストたちの生き方に迫りました。