LIFE STYLE
植物を、もっと日常に。植物とともに過ごすための「庭」でありたい…そんな願いが込められた大多喜有用植物苑
2026.06.04
千葉県・大多喜町。 豊かな水と自然に恵まれ、古くから薬草・ハーブ文化が育まれてきたこの土地に、新しい庭がひらかれました。 それが「大多喜有用植物苑(OTAKI HERB GARDEN)」です。かつてハーブガーデンとして30年ほど親しまれてきた場所が、ハーブ、野菜、薬草など、生活に役立つ植物に出会えるスポットへと生まれ変わりました。 今回は、プロデューサー兼ガーデンディレクターとしてこの場所を手がけた森田紗都姫さん、そして苑内の「大多喜調香室」から植物の香りを届ける蒸留家 堀江麗さんとともに、この素敵な庭を歩いていきます。
目次
古くから重宝されてきた植物のそばで、暮らすように過ごす
森田:「ようこそ、お越しくださいました」
千葉県の南部。緑あふれるエリアに現れる「大多喜有用植物苑」。到着すると、森田紗都姫さんがにこやかに出迎えてくれました。
建物内に一歩足を踏み入れると、緑の香りが立ちのぼります。しっとりとした空気が、ゆっくりと体になじんでいくようです。
森田:「さっそく、ご案内しますね」

植物たちが息づく、清くやわらかな空気。思わず頬がゆるみます。
森田:「ここは、日本とアジアの有用植物を探求できる場所です。有用植物って、知っていますか?」
入口のパネルの前で、森田さんは丁寧に説明してくれます。
森田:「有用植物とは、食べる、香りを楽しむ、薬として使う、素材として使う。そうやって人の暮らしの中で役割を持ってきた植物たちのことを指しています。はじめにご案内する内庭では、それらを香、建築、薬、食、工芸、鑑賞という6つのカテゴリーで紹介していますよ」
内庭に踏み入れるとまず登場したのは、香りの良さで知られるカルダモンやイランイランなどの植物たち。森田さんは葉をこすって香りを確かめたり、指先で質感を感じたりしながら、ゆっくりと進んでいきます。
タチバナの花は青みのある華やかな柑橘の香りがするんだそう
その先には、建築に役立つというショウナンゴムやシマオオタニワタリなどが。見たことのない植物もずらりと並びます。
あえて植物園ではなく、「植物苑」と名付けられたこの場所。背景には、鑑賞するのではなく、植物とともに過ごすための「庭」でありたいという思いが込められています。
人の暮らしに寄り添い、重宝されてきた有用植物。その姿をじっくり確かめながら歩みを進めると、やがて、薬や食べ物として親しまれてきた植物が姿を現しました。
森田:「このあたりには、果実や薬、スパイスとして使われてきた植物が生えています。ビワやリュウガン、マンゴー、パパイヤなど。500円玉の裏面に描かれている植物、タチバナもありますよ。苑内で一番貴重なものです」
続いて工芸のエリアに進むと、籠づくりに用いられるタコノキなどが。さらに鑑賞のエリアには、沖縄で神聖な木とされるガジュマルなどが、存在感たっぷりに待ち構えます。
普段目にする機会のない、多様な植物たち。うれしい出会いに、心が弾みます。

森田:「ハーブというと、西洋ハーブを思い浮かべる人が多いと思います。ミントやバジル、ラベンダー、ローズマリー。香りが強くて見た目も華やかで、わかりやすいですよね。それと比べると、ここにある日本や東洋のハーブは、一見地味に見えるかもしれません。
でも、背景を知るとすごく面白いんです。暮らしとどう結びついていたのかを知れば知るほど、植物への理解と感謝が深まっていく。そして、人間よりずっと長い期間地球に生息してきた植物たちへのリスペクトも湧いてくる――そんな体験になればうれしいです」
内庭には、訪れた人が思い思いに過ごせるスペースが点在しています。

座ってくつろげる「高床リビング」や、靴を脱いで過ごせる「地中リビング」。どれも、植物素材や自然素材をふんだんに使った設計です。この日も、読書をする人、静かに緑を眺める人――穏やかに過ごす人たちの姿が見られました。
森田:「ここを、自分の家のように思ってもらえたらと思うんです。おしゃれだな、で終わるんじゃなくて、自分も、植物を暮らしに取り入れたらどうなるだろうって、想像を広げてみてほしくて」
一般的な植物園と違い、一部の植物にしか説明書きを添えていないのも、そんな思いから。まずはその場に身を置き、香りや空気を感じること。鑑賞するのではなく、ともに過ごしてみることを大切にしてほしいというメッセージが伝わってきます。

朽ちることも、自然の営み。変化を受け入れ慈しむ
内庭から、外庭へ向かいます。
途中、ふと足を止めたくなる場所がありました。竹でつくられた屋根のかかったベンチです。

森田:「素敵ですよね。外のお庭を眺めるための寛ぎのスポットとして作っていただいたものです。でも竹って、数年ほどで割れやひびなどが入って劣化してしまうんですよ。そのときはチップにして庭に還元する予定です。
それでも、竹を使うわけは。
「個人的に大好きな植物というのもありますが、ここ大多喜町はたけのこの産地でもあり竹林が豊かな場所だからです。そして何より、竹は成長がとても早く、取らずに放置すると土砂崩れを引き起こすこともある。活用すること自体が、自然環境にとっても、人間にとっても大切だと考えているからです」
素材をどう循環させるのか。そして地球環境をどう守っていくのか。そんな視点が織り込まれています。
森田:「竹や木が割れてきたり、素材の色が少しずつ褪せていくは当然のこと。この場所ではそれを劣化ではなく、変化として捉えたいんです」
森田さんの優しい声が、心に沁みるようです。そうして外に出ると、新鮮な風の匂いが鼻をかすめます。
森田:「ここは外庭です。春・夏・秋・冬、そして香り、柑橘という6つのテーマで植物が生えています」
落葉樹や花木、果樹がゆるやかに広がっている外庭。内庭が「滞在する庭」だったのに対して、屋外は「回遊する庭」という設計になっているそうです。

森田:「見て回ると、四季を感じられるつくりになっています。日本って、四季があること自体がすごく贅沢だと思うんです。春になったらこういうものを食べたいとか、夏はこう過ごしたいとか、そういう感覚を持てる豊かさをあらためて感じてみてほしいです」
足元には、トサミズキやホンコンドウダンといった、あまり見かけない植物たちも見られます。そして、土がむき出しになって広がる、ひらけたスペースも。
森田:「ここには先日、イブキジャコウソウを植えました。和製タイムと呼ばれる、とても香りのいい植物です。今はまだまばらに生えていますが、時間が経つと一面に広がっていくはず。次に来てくださったときには、香りに包まれてピクニックができると思いますよ」
未完成だったものが少しずつかたちを帯びていき、季節に応じて植物の表情もゆるやかに変わる。訪れるたびに、変化を味わえます。

豊かな香りが、植物との距離をそっと縮めてくれる
続いて、ショップへ。
植物を使った食品や雑貨、クラフトが並んでいます。よもぎでつくられたクッキーなど、オリジナル商品を購入することもできます。
森田:「散策して感じた植物の魅力を、日常に持ち帰ってもらえたら。そんな思いでアイテムを揃えています」
そんな中、足が止まったのは香りのコーナーです。赤・白・緑の3色で、ルームスプレーやお香、ハーブティーが展開されています。


堀江:「ぜひ、香りを試してみてください」
クラフトジンブランド「HOLON」の創業者であり、大多喜有用植物苑内の調香室を主宰する堀江麗さんが、声をかけてくれました。
堀江:「『赤っぽい香り』『白っぽい香り』って、なんとなくイメージがありませんか? そういった感覚をヒントに、植物の香りで色を表現してみました。実はこれらの商品は、奥にある調香室で香りを作っているんですよ」
そう話す堀江さんに案内してもらったのは、調香室。蒸留器やガラスのトレーが並び、静かな空間が広がっています。商品づくりや植物の栽培、採取、蒸留、調香までを一貫して行うラボのような場所です。

堀江:「向こうにある専用のハーブガーデンで育った植物を一部に使い、この場所ならではの香りを表現しています。芽が出て、花が咲いて、実がなって――そうやって育つ過程を見てきた植物を、香りのアイテムにしているんです」
調香室では、ワークショップも開催されています。

ワークショップや実験で用いる自然由来の香料や、檜のチップ
堀江:「お香やルームスプレーを自分の手でつくるプログラムです。お香って、実はすごくシンプルで。香りのある植物と水、それだけでできるんですよ。それを知ると『自分でもできるんだ』って驚かれる方が多いです。
ワークショップを体験すると、植物がより身近に感じられるはず。その感動をお伝えできるのは、私にとってもとてもうれしいことです」
苑内ではほかにも、藍染めなどの体験ができます。植物をより身近に感じられる、記憶に残る時間が過ごせそうです。

予約なしで当日体験できる藍染めのワークショップ。ハンカチや手ぬぐいなどを自分好みに染められます。植物の藍を発酵させて染料にするのは日本独自の手法なんだとか
「ここで育ったもの」を味わう、特別な食体験も
盛りだくさんの発見と、癒やしに満ちた苑内めぐり。その締めくくりに、レストランへ。有用植物を織り交ぜたユニークな料理をいただきます。

まずいただいたのは、「鳥山椒の野草カレー」。ココナッツに似た風味を持つ鳥山椒のミルキーさが印象的な一皿です。苑内の植物やハーブを取り入れ、季節ごとに味わいが少しずつ変化します。見た目はグリーンカレーのようでありながら、辛さは控えめで子どもも楽しめるおいしさです。

「和漢とドライトマトの豆乳スープ」は、野草とドライトマトの旨味と甘みを凝縮した滋味深い味わい。月桂樹が香るフォカッチャを浸すと、口の中でゆるやかに風味が重なっていきます。

そして「大多喜サラダ」は、20種類以上の野草や野菜を、施設内に自生する柑橘の香りとともに味わえるシグネチャーメニュー。底に敷かれているのは、「土」に見立てたもち麦のペーストです。食べながら混ぜることで、味わいが変化します。


ドリンクにも、工夫が込められています。
堀江:「『よもぎラテ』は、カルダモンとジンジャーで香りを引き立てています。『黒文字スパイスティー』は、チャイのようなスパイス感を楽しめる一杯です」
森田:「味覚って、とても強い体験になりますよね。ぜひ、驚きとともにおいしさを堪能していただければと思います」
ほかにはない、とっておきの食体験。一口ごとに、植物の香りが体の内側へと広がりました。

ただ過ごすだけでいい。自然のリズムを取り戻せる場所
気づいたら、呼吸が少し深くなっていて、日頃の疲れがほどけていくような感覚に。
ゆるやかに時間が流れる中、あらためて、森田さんと堀江さんに『大多喜有用植物苑』への思いを伺いました。
森田:「私は高知に生まれ、山や川をすぐそばに感じながら育ったんです。でもおとなになり、東京で生活するようになると、そういう自然の感覚がどんどん薄れてしまって。気づけば季節を感じることもなくなり、毎日が忙しなくなっていました。
そんな昔の私のような人に届けたくて、こういうかたちで全面的にリニューアルしました。何か特別なことをしなくても、ここで過ごすだけで、自然の感覚が戻ってくる。そういう場にしたかったんです」

堀江:「私も同じ思いです。この場所には、食、建築、プロダクト開発、農業、染織など、多様な領域のクリエイターが関わっていますが、『自然と日常を近づけたい』という願いがみんなに共通しています。
私も、植物を日常に取り入れることで、気持ちがふっとほどけると思うんです。ちょっと疲れているときや余裕がないときにこそ、自然に触れるために来てもらえたら。そして、ここでの体験をきっかけに、日常にも植物を取り入れてもらえたら――本当にうれしいです」

特別なことをしなくてもいい。ただ植物のそばで過ごし、香りに立ち止まり、季節に気づく。そんな時間が、あわただしい毎日をやわらかくほどいてくれます。
植物を、もっと「日常」に。
BOTANISTの思いにも通じるそのメッセージを、ここ「大多喜有用植物苑」は、そっと伝えています。

■大多喜有用植物苑
https://otaki-herbgarden.jp/
〒298-0201 千葉県夷隅郡大多喜町小土呂2423
10:00-17:00
*最終入苑:16:30
*レストランL.O.:16:00
不定休
大人:900円
こども:500円(小学生以上・中学生以下)
犬(1頭):300円
*大多喜町在住の方は無料
撮影:芝山健太
取材・執筆:安岡晴香
編集:安岡倫子(株式会社ツドイ)