BOTANIST Journal 植物と共に生きる。

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LIFESTYLE 19

暮らしを豊かにしてくれる香りの可能性

齋藤智子さんは、天然の精油(アロマオイル)を使い、ホテルや企業、美術館など、空間のイメージや目的にあった香りをブレンドする「アロマ調香デザイナー」として活躍しています。植物の香りのエッセンスがつまった精油には、「暮らしを豊かにしてくれる様々な魅力や可能性がある」と語る齋藤さん。生活の中で精油を身近に取り入れられるアイデアを教えていただきました。

白檀の香りに包まれた京都の家の香りが原点

京都で生まれた齋藤さんの原点ともいえるのがお香の香り。「代々続く古い町家では、祖母が仏壇に供えていたお線香の匂いが日常にありました。好きな香りは、その人の環境や経験が大きく影響すると言われています。お線香の香料のひとつである白檀の香りが好きなのも、小さい頃の体験からかもしれません」。

そんな齋藤さんが、精油の香りに魅了されるきっかけになったのは、学生時代に出合ったベルガモットの香りだったといいます。
「ほんのりと苦みのあるさわやかな香り。嗅ぐだけで、一瞬で気分が変わるアロマってすごい! と衝撃を受けました。アロマとは、植物の香りの成分を蒸留などにより抽出したもの。いわば、植物が生きるために作った香りのエッセンスがつまっています。例えば、ラベンダーには300~500種類もの芳香成分が含まれ、よく知られている鎮静作用はそのひとつ。ほかにも抗菌作用や安眠作用のほか皮膚の炎症を抑えたりするなど、多くの成分が含まれています」。

「また、嗅覚は視覚、聴覚といった五感の中でも唯一、感情や本能に関わる「大脳辺縁系」に伝達される感覚です。例えば何か目で見たものを脳が判断するまでには0.9秒かかるといわれますが、香りはわずか0.2秒で脳に伝わります! つまり、精油を嗅ぐだけで、何百種類の芳香成分の働きを取り込むことができるのです」。

ブレンドでアロマオイルの可能性を広げる

精油の魅力に惹かれ、アロマセラピーについて学んでいく中で、齋藤さんが、もっとも好きだったのが精油をブレンドすることでした。
「ラベンダーの香りが苦手な人でもオレンジと組み合わせることで、好きな香りになることもあります。精油の組み合わせや使う量をアレンジすることで、自分好みの香りに出合える可能性の幅が広がるんです」。

「実際に香りを体験してみましょうか」。スギ、ヒノキ、モミノキ、ユズといった樹木や果物の精油をムエットといわれる試香紙に一滴ずつ垂らし、嗅いでみます。すっきりした清々しい香り、フレッシュで若々しい香り、みずみずしい柑橘の香り。それぞれの香りに個性があります。「では、ムエットをまとめて揺らしてみましょう。香りのブレンドです」。すると、ひとつの精油よりも複雑で奥深い香りがふわりと広がりました。ほんのわずかな時間、においを嗅ぐだけで、視界が広がり気持ちもリラックス。自然と表情も和らいでいることに驚かされました。

「重層的に香りが混ざり合っているからこそ、心地よく香る」。齋藤さんは、その人にぴったりあったオンリーワンの香りや場所や空間にあった香りを調香し、提案する「アロマ調香デザイナー学」を確立。現在は「アロマ調香デザイナー」として、個人だけでなく企業やホテル、美術館など、香りを使った空間演出やプロデュースなど、国内外に活躍の幅を広げています。

そのなかで齋藤さんが大切にしていることのひとつが、日本の森林や農業資源を活用すること。「近年、日本各地で精油の蒸留が行われるようになってきました。国土の7割以上が森林という日本人にとって、木の香りはとても馴染みが深く、親和性の高い植物といえます。京都の北山杉やクロモジ、鹿児島のホウショウ、高知のユズなど、オリジナルの和精油も販売しています。林業(間伐材など)→蒸留→精油→活用(ブレンド)という流れが活用されることで、サスティナブルな循環のお手伝いをしていきたいと思っています」。

日常生活の中で香りをもっと味方につける

では、私たちの生活の中で精油を気軽に楽しむ方法はありますか?
「好きな精油をティッシュに1滴、垂らして嗅いでみてください。それだけで気持ちがリフレッシュします。バッグの中に香りをしみこませたティッシュを入れるだけでもいいですし、旅先でお気に入りの精油を持参しておけば、香りを嗅ぐだけでいつもの自分にリセットすることができます。古くなってしまった精油があるなら、トイレで使ってみてください。トイレットペーパーの芯に精油を垂らせば使うたびに香りが漂いますよ。注意して欲しいのは、精油を使う時は直接肌につけたり、服用しないこと。精油は、高濃度の成分がギュッと凝縮されているため刺激が強すぎるのです。

「好きな香りは、今、自分が必要としている香りです。まずは、好きな香りを3本くらい見つけてみてください。緊張感をゆるめてくれたり、安心感を与えてくれたり、集中力を高めてくれたり。自分にとって心地良い空間を作ることができます。香りを味方につければ、ライフスタイルをより豊かにすることができますよ」。

齋藤さんのお話から見えてきたことは、新しい香りの可能性。アロマオイルを目的にあった香りにデザインし、活用することで、心地良い空間やコミュニケーションの場を生みだしています。日本の森林資源を活用する試みなど、植物と人との新しいつながりに大きな可能性を感じました。

PROFILE

齋藤智子

京都で10代続く家に生まれ、幼い頃より伝統的な香りや文化に親しむ。学生時代に精油と出合って衝撃を受け、アロマの様々なライセンスを取得。香りのセレクト、ブレンドのセンスの良さからパーソナルアロマブレンドの依頼が増え、アロマ調香と空間演出を中心とした「アロマ調香デザイン学」を確立。創作した香りは、20年間で6,000種以上。国内外で企業やブランドのアロマ空間演出のほか、美術館やホテルなど香りのプロデュースを多く手掛けている。

(クレジット)
Photographer: Rikiya Nakamura Writer:Mizuho Amamiya Editer:Akiko Yamamoto Creative Dirction: Mo-Green Co., Ltd.