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SUSTAINABLE 21

緑の角を生やす植物に囲まれて。台南魯肉飯とビカクシダを愛する「貯水葉」店主・小林雄一郎さんに聞く、植物の「デザイン」

東京は曳舟(ひきふね)。下町風情が魅力的なこの街に、2023年1月からユニークなお店がOPENしています。その名も「貯水葉(ちょすいよう)」。台湾の人気料理、魯肉飯(ルーローハン)を楽しめる店舗です。 店内壁の上部には、見たことない植物がびっしりと飾られていて、なんともエキゾチックな雰囲気。ここで魯肉飯を楽しめるの……? 店主の小林雄一郎(こばやしゆういちろう)さんにお話を聞きました。



曳舟駅から徒歩8分。「貯水葉」という金色のロゴがプリントされたガラス戸を見つけました。扉を開ける前から、食欲を掻き立てる甘辛い香りが漂っています。

「こんにちは」




店内に入ると、柔らかな笑顔で出迎えてくれた店主の小林さん。天井を見上げると、壁を囲うように植物が吊るされています。
「飾られているのは『ビカクシダ』という品種です。ビカクは漢字で書くと、『麋角』。現生で最大の鹿と言われている、ヘラジカの角という意味です。よく見ると、角みたいな形で葉が伸びていますよね」




吊るしてあるビカクシダのほとんどは、小林さんが自身で「板付け」をしたもの。まず、コルク樫(がし)の板に水苔を置き、その上にビカクシダの苗を置いてワイヤーでくくります。半年ほど経つと、苗はしっかりと板に定着するそうです。自然界におけるビカクシダは、木に張り付いて育つ植物。鉢植えでもすくすく生長しますが、ここ貯水葉さんでは板付けによって本来の生育環境を再現しています。




「こうやって飾ると、まるで鹿の剥製みたいじゃないですか? インテリアとしても楽しめるのが、板付けの魅力です」



熱帯地域に生息しているビカクシダには現在、数千にもおよぶ種類があるそう。小林さんはInstagramを使って目ぼしい苗を探し、ピンときたものがあれば販売業者に直接DMを送って買い付けます。国内では主に沖縄、海外ではタイやインドネシアなどから、はるばるやってきたビカクシダが勢ぞろいしています。

店名でもある「貯水葉」は、ビカクシダだけが持つ特別な葉のこと。水や落ちてくる虫などをとらえて養分を溜め込むという、雨量の少ない地域でもたくましく生きる植物ならではの部位です。

「貯水葉は大きな葉なので、下にある根を保護する役割も持っています。ビカクシダだけにあるなんて、かなりユニークですよね。存在を知ったときはぐっときました」




小林さんがビカクシダの魅力に目覚めたのは、学生時代にタイへ行ったときでした。

「当時はバックパッカーとして、東南アジアを中心に各国を旅していました。アジアの、いい意味で整備されていないむき出しの雰囲気が大好きだったんです。

あるときタイの街中で偶然、軒先に巨大な植物を飾っているお店を見つけました。山からそのまま持ってきたような無造作な雰囲気に、思わず目を奪われました」

「これはかっこいい」そう思って詳しく調べ始めた小林さん。ビカクシダという種類の植物で、日本でも育てられるということを知り、まずは自宅で飾ってみることにしました。

「飾るだけで場に生命力が宿るような、不思議なパワーのある植物なんですよね。そのうち自分で苗を板付けするようになると、どんどんのめり込んでいきました。苗を買い集めすぎて、気づけば自宅に収まりきらない状態になっていましたね(笑)」

ビカクシダの板付けにそこまでハマった理由は「思い通りにデザインできるから」。

「板付けすると、貯水葉が土台の水苔の形に沿って固定されていきます。水苔を平たくしたり、山のようにしたりすれば、その通りの形状になっていく。自分なりに形を考えるのが楽しくてたまらなくなりました」




社会人になり、ビカクシダを育てる傍ら大手飲料メーカーで勤務していた小林さん。原料となる果汁やスパイスを買い付けるために、海外を飛び回っていました。10年ちょっと働いたタイミングで「サラリーマンはもういいかな」と感じたそう。

「もともと料理が好きだから、いつか自分の飲食店を持ちたいとずっと思っていたんです。10年経ったタイミングで、会社を辞めようと決意しました」

何を提供するお店にしようか。そう考えたときに思い浮かんだのが、魯肉飯の専門店でした。

「バックパッカーとして各国を旅していたときから、アジアンフードの虜になっていました。中でも特に好きだったのが、台湾のソウルフードでもある魯肉飯です。

魯肉飯って台北と台南で結構大きな違いがあるんですよ。日本でよく見る魯肉飯は台北のもので、細かく刻んだお肉を乗せていますよね。でも南部の魯肉飯は、皮付きの大きな豚バラ肉が乗っていてボリュームがある。僕は南部の魯肉飯に惚れ込み、魅力を伝えたいと思いました」

日本で提供しているお店がまだ少ないことも、挑戦の理由でした。研究のために台湾に出向き、1日5食も魯肉飯を食べたことも。こうして現地の味を自分の舌で確かめながらメニューを確立。まずは友人のバーを日中だけ間借りするかたちで営業を始め、3〜4年経った頃に、曳舟で店舗を開くことを決めたのです。




「どうぞ、食べてみてください」

目の前にトンと置かれた魯肉飯セット。薬膳スープと、ザーサイ、しめじのお漬物が付いています。丼を覆うくらい大きなお肉に、タレがよく染みたご飯。たまらなく食欲をそそります。

はやる気持ちで箸を入れると、お肉はホロホロ。お米と一緒にいただくと、深い甘みのあるタレがお肉からジュワっとにじみ出ました。追ってやってくる、とろけるほどの脂の甘み。八角の香りがさわやかに全体を包みます。トッピングのパクチーとたくあんが味わいをこまめに変化させ、立体感のあるおいしさを作っています。

合間にいただく温かな薬膳のスープは、体に染み入るほっとする味。漬物のひんやりした酸味が丼と相性抜群で、飽きることを知らずどんどん箸が進みました。


これだけこだわった魯肉飯を出しながら、ビカクシダのお世話をするなんて大変そう……。しかし「水をやるのはだいたい週1回でいいんです」と小林さんは言います。

「水やりの手間がかからないので、飲食店との両立に向いた植物だと思います。ただ僕がこだわっているのは、種類や個体によって手入れの方法を変えること。『この子にはもっと水があったほうがいいな』『この子は乾燥したままでもよさそうだな』など、ひとつずつの状態を見ながら水分量を調整しています」

原産地に応じ、「インドネシア出身だから、この季節は水が少なくてもいい」というように判断することも。インターネットで各国の天気予報を調べながら、そのビカクシダが本来どんな環境で育っていたのかに思いを馳せます。

「水やりと同じくらい大事なのは、温度、湿度、光、風です。基本的にビカクシダは温かく湿気の多い環境を好むので、加湿器とヒーターは24時間稼働。シーリングファンも常に回し、空気の動きを作っています」

見上げると天井には育成用のLEDがずらり。壁沿いをつたうように取り付けられていて、ビカクシダにたっぷりと光を与えつつ、店全体を明るく照らしています。。ビカクシダの過ごしやすさにチューニングを合わせ、綿密に練られた店内なのです。


大好きな魯肉飯とビカクシダに囲まれて働く日々。思い切って会社を辞めてお店を開いたときは、不安でいっぱいでした。

「正直な話、最初は収入が半分くらいになりました。でも、やりたいことをやらない方が嫌だから、生活の水準が多少落ちてでも挑戦する人生を選びました。決心してよかったなと思っていますよ」




「貯水葉」では、ビカクシダの魅力をもっと多くの人に伝えようと、定期的にワークショップを開催しています。

「好きな苗を選び、コルク樫や流木などの好きなベースに板付けしていきます。ビカクシダに詳しくない方も大歓迎。友達やパートナーと一緒に、おしゃれなインテリア作りを楽しみにきてください」

コロナで在宅時間が増えたという方が、「お家のアクセントにしたい」と参加するケースも多いそう。

「ビカクシダは成長が速いので、見ていて面白いと評判です。朝と夜で違いが目に見えてわかるくらい大きくなることもあり、動物みたいに可愛がれて楽しいんですよ。あまり成長させず小さいまま育てたい場合は、根っこが広がるスペースである水苔を少なく盛ればOK。好きなようにデザインできます」

最近は、魯肉飯以外に平日限定で週替わりのスパイスカレーを提供中。ランチタイム後はティータイムとして豆花や台湾茶を出すなど、魯肉飯以外の料理も展開しています。

「押上にあるスカイツリーまで来たのなら、ぜひ曳舟まで足を伸ばしてみてください。面白い個人店が多く、お散歩しているだけでも楽しいですよ。美味しい料理、そしてビカクシダと一緒にお待ちしています」

小林さんに見送られ、異国情緒あふれるお店を後にすると、まるでショートトリップをした後のような気分に。ビカクシダが放つ溢れんばかりの生命力が、不思議なパワーと癒やしをくれたのを実感します。愛する植物と共に暮らすのって、いいなあ。幸せそうな小林さんの表情を思い出しながら、なんだか羨ましい気持ちになるのでした。