BOTANIST Journal 植物と共に生きる。

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PEOPLE 26

My Botanical Rule #4 絵画的、科学的に描くボタニカルアートの世界

「ボタニカルアートをもっと多くの人に知ってもらいたい」そう話してくれたのは世界で活躍するボタニカルアーティストの石川美枝子さん。植物のそばで暮らす人たちは活動を通してどのようなことを大切にしているのでしょうか。ボタニカルアートとして描かれた植物が語るのは、美しさや学術的なものだけではありません。日常生活の中で気づきや環境について考えるきっかけを与えてくれると、石川さんは絵に思いを込めて描いています。 植物学者、牧野富太郎を記念する、練馬区立牧野記念庭園でお話を聞きました。

ガーデンシクラメン

植物を繊細に表現するボタニカルアートの世界へ

絵画作品としての芸術性はもちろん、図鑑や教科書といった学術画として植物の詳細を描くボタニカルアート。そんなボタニカルアートというジャンルで世界的に活躍している石川美枝子さんは、大学卒業後に始めた図鑑の仕事で植物の面白さを知り魅了されたそう。

「子供の頃、図書館で見た図鑑の中のラフレシアに惹かれ植物に興味を抱きました。大学ではグラフィックデザイナーを目指し、デザインの勉強をしていましたが、コツコツ絵を描くデッサンの授業が楽しく、卒業後は図鑑に載せる昆虫や植物のイラストレーションを描く仕事に。もともと興味があった植物を描く前に、もっと深く知ろうと地域の観察会やカルチャースクールに通い、生態系や生息地、樹木の芽から落葉までなど、生命の流れや仕組みを勉強すると植物の持つエネルギーの強さをより深く理解できるように。そうしていくうちにイラストではなく作品を描くことを意識するようになりました。出版物のイラストレーションは依頼されたものを忠実に描く、自分の感情は入らないほうがむしろ良いです。作品を描くことを意識し始めたら、どれだけその植物と接して描くかが大切だということに気がつきました。時間をかけて作品を描いているうちに海外の展覧会への出品の機会が増え、一層視野が広がっていった感覚があります」

ハクショウ (中国のマツの一種)を筆で描いたラインドローイング

熟知しているからこそ本質の美しさが描ける

石川さんが最も尊敬していると話す、植物学者の牧野富太郎博士。春には牧野博士がモデルになったNHK連続テレビ小説『らんまん』もスタートするなど、今もなお植物学の世界においての偉大な存在として親しまれている。
「日本の植物学の父と呼ばれ、研究者としても有名ですが、世界に誇る植物画を残したボタニカルアーティストでもあります。牧野博士の残した図譜を見るとそれを超えるものはできないだろうというような素晴らしい作品ばかり。熟知しているからこそ、植物の本質の美しさを表すことができる。そこは私も目指したいところです。殊更美しくというよりも、描いているときに植物そのものに近づきたい。近づくことによって見える植物の持っている本質的な美しさ。そこを描いていけたら本望です。
できるだけ海外のアーティストにも牧野博士の残した図譜を紹介したいと思って、著書の大日本植物志を持っていくとみなさん大感激されます。感激して実際に高知の牧野植物園を訪れた韓国の画家も。イギリスのキュー王立植物園で開催されたフローラジャポニカ展では、日本の現代画家の作品とともに、日本の歴史的な植物を描いた作品、牧野博士の作品もたくさん展示されました。その展示は、ギャラリー始まって以来の動員数だったそうです。牧野博士の生涯を描いたドラマを通して、ボタニカルアートがどういうものか広く知っていただく機会になったらいいなと思います」

牧野富太郎「ヤマザクラ」大日本植物志 第一巻 第一集 第一図版


ヤマザクラの図の一部


ダイオウマツ

魅力的な植物と生命のエネルギーを描き続けたい

石川さんにとって生涯のテーマともいえる「サクラ」そして、幼い頃図鑑で見て衝撃を受け、実際にボルネオの熱帯雨林を何度も訪れ描いている「ラフレシア」。ボタニカルアート作品を描く上で大切にしていることを尋ねてみた。
「以前樹木図鑑を作ったときに担当したサクラ。調べていくと500種あると言われています。ボタニカルアートは、名前の違うそれぞれのサクラの繊細な特徴を観察し、正確に描き分けないといけない。特徴を抑えつつ植物学的にも正しく描いて伝えるというのが大前提。ボルネオの植物は初めて夫と旅行で訪れたとき、生物多様性に優れたボルネオで、未知の植物たちとの出会いにすっかり魅了されてしまい、そのエネルギーをひしひしと感じました。実物大のラフレシアを描いてみたいと思い、咲く時期を狙ってボルネオを何度も訪れ、ようやく実際に開花を目にすることができました。その頃、森の中で見つけたほかの様々な植物も、近年は同じ場所で見ることができなくなりつつある植物も出てきました。気候変動の問題や、熱帯雨林を開拓して油ヤシのプランテーションを作り森林が減ってきているのが現実。環境の変化が植物たちの生態系にも影響を及ぼしています。今、ボタニカルアーティストとしてできることは、ボルネオの植物を描いて、少なくなっている地球上の大切なエリアにはこんな素晴らしい植物があること、魅力的な植物と生命のエネルギーにあふれたジャングルの素晴らしさ。そういうことを自分の絵を通して伝えられるようになったら嬉しい。それに画家が集結すれば、絶滅危惧直物を日本の画家で描いて図譜として残したり、逆に帰化植物を描くことで、日本のものだと思っていた植物の多くが帰化植物だったと知ってもらうこともできる。21世紀のボタニカルアーティストとして取り組める、地球環境も考慮に入れた活動ができたらと思っています。

ラフレシア・トゥアンムデ 実物大で描いたラフレシア 48 x 84 cm


紅枝垂 98×48cm

八重紅枝垂 98×48cm

雨情枝垂 98×50cm

次世代が夢を持ってボタニカルアートに取り組める世界に

イギリスのキュー王立植物園や、アメリカのボタニカルアーティスト協会の展覧会への参加だけでなく様々な賞を受賞し世界的に活躍されている石川さんの次なる目標とは。
「実は昨年2つの賞をいただきました。一つはボタニカルアートに貢献され、2018年にお亡くなりになられた、Jessereica Tcherepnineさんを称え、2019年にアメリカボタニカルアーティスト協会が創設した「ASBA Jessica Tcherepnine Lifetime Achivement Award」。創設以来、初の受賞者となりました。もう一つは世界中から植物画を収集してきた植物学者のDr.シャーリー・シャーウッドが新設したシャーリー・シャーウッド・ボタニカルアート賞です。受賞理由も細かく書かれていて、読んでみると私の全ての活動をきちんと見てくれているのがわかりとても光栄でした。絵を描き続けるのはもちろんですが、日本には優秀な画家がたくさんいます。彼らが活動できる体制をきちんと作り、もっともっと若い画家を育てていきたいという思いが強くあります。シャーリー・シャーウッド・コレクションでは、次世代の画家を対象にしたヤングボタニカルアートコンペティションが発表されました。もっと活気があるジャンルになるには、若いアーティストは欠くことができません。若い人が夢を持ってボタニカルアートに取り組む、そういう時代が日本にも来るように、微力ながら取り組んでいきたいと思っています」

ボタニカルアートは、完成までにとても時間を要する。美しいものを誰が見ても美しい絵画にするだけでなく、科学的植物画としての役目も持たせなければならない。近年の気候や環境の変化を考え、植物を深く知り向き合う時間があるからこそ、繊細で華やかな作品が完成する。

ネペンテス・ビローサ  枯れたピッチャー

ディスキディア・ラフレシアナ

PROFILE

石川美枝子

武蔵野美術大学・商業デザイン科を卒業後、イラストレーターとして植物図鑑を中心に、多数の書籍を手掛ける。その後、ボタニカルアート作品を、国内外の多くの展覧会で発表。植物園やカルチャースクールのボタニカルアート講師も努める。主に海外コンクールを目指す画家のための「石川美枝子ボタニカルアートスタジオ」を主宰。作品のテーマの中心は、「桜」・「ボルネオの熱帯雨林の植物」。熱帯雨林の植物は、現地取材をして描くことをテーマとしている。

Information

Information:練馬区立牧野記念庭園

所在地:練馬区東大泉6-34-4
開園時間:午前9時〜午後5時(ただし、企画展は午前9時30分から午後4時30分まで)
休園日:毎週火曜日(火曜日が祝休日にあたる場合は、その直後の祝休日でない日)、年末年始(12月29日〜1月3日)
入園料:無料
電話番号:03-6904-6403

photographer:Yayoi Arimoto writer:Mai Okuhara editorial direction:Mo-Green Co.,Ltd.