BOTANIST Journal 植物と共に生きる。

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My Botanical Rule #1 “野菜は植物である、ということを忘れない”

「植物も人のように個性があり、それを楽しむことを伝えたい」。そう話してくれたのは、旅する八百屋「青果ミコト屋」の代表、鈴木鉄平さん。 植物のそばで暮らす人たちは、日常生活でどんなことを大切にしているのでしょうか。工業製品のように同じ大きさ、同じ形の綺麗な野菜が並ぶ姿を見ていると、野菜が生き物であること、植物であることを忘れてしまいそうになります。街の生活のなかで、私たちがよりボタニカルに野菜と関わっていけるアイデアを、鈴木さんに教えていただきました。

心が満たされる生き方を求めて、農業の世界へ

日本中を旅しながら、信頼する農家の野菜を宅配やイベントで販売してきた「青果ミコト屋」。代表である鈴木さんが植物に興味を持ったきっかけは、バックパッカーとして世界中を旅していた20代のときだったそうです。

「ヒマラヤの部族など、自給自足に近い生活をしている人たちを見て、豊かさとはお金だけじゃないよなっていうのを体感することができたというか、本当の意味で心が満たされる生き方をしたいと思って、自然に寄り添った農業の世界に惹かれていきました。ただ、実際に農家の仕事を学んでいくと、消費者や流通の都合で野菜がすごくコントロールされているってことを知って、環境のために無農薬で作っている野菜が、見た目や効率が悪いからと二束三文になるのを見てきました。野菜に優劣はなく、個性があるだけなんだということを伝える八百屋が必要だと思って、青果ミコト屋をはじめたんです」

人も野菜も、それぞれに個性があって不安定なのが“自然な姿”

「青果ミコト屋」をはじめて10年以上がたち、オーガニックの野菜を楽しむ人が増えた今も、いわゆる規格外の不揃いな野菜を嫌う傾向はまだまだ根強いといいます。

「うちのお店ではプラスチックは使わず、野菜は量り売り。ひとつひとつの野菜をお客さんが選んで、自分で新聞紙に包んで持って帰るんです。そういうとき、ちょっと曲がってたり傷がついていたりする野菜って、なんか可愛く見えるじゃないですか。人がみんな同じ顔をしていたら怖いように、野菜が全部同じっていうのもすごく不自然なんだよっていうのを僕は伝えたいんです。環境も時代も変わるし、確かなものは何もないからこそ、その不安定さまで楽しんでいきたい。面白い野菜に触れる機会を増やせば愛着もわくし、美味しさの背景を知れば料理もしたくなりますよね。そうすると、野菜を冷蔵庫でダメにしちゃうとか、無駄にすることも少なくなるんじゃないかな」

野菜は製品じゃなく、植物であるということを忘れない

街の生活のなかで、ボタニカルな暮らしを楽しむためのルールやアイデアはありますか? 鈴木さんにそう尋ねてみると、新芽が育ち、黄色い花をつけている赤カブを見せてくれました。野菜は工業製品ではなく、生きていること、植物なんだということを忘れない。それは、鈴木さんが意識的に考えてきたことでした。

「僕は野菜を売っている立場ですから、野菜は植物なんだよってことは、いたるところで感じられるようにしたいと思っています。この赤カブを見るとわかるように、僕たちが食べているのはほんの一部の、未熟な部分だけ。でも本当は、野菜はこうやって育って、花が咲いて、種になって、子孫を残していくんです。そういう姿を見ると、生きている植物なんだなって感じられるでしょ? だからあえてお店に飾っているんですが、単純にすごく可愛いですよね(笑)。食べきれなかった野菜は捨てるんじゃなくて、こうやって花を咲かせてみたり、種をとって蒔いてみたり、染めものに使ったり、いろいろ活用してみてほしいです。大根とかカブとか、アブラナ科のものは花を咲かせやすいのでおすすめですよ」。

“楽しいこと”を通して、伝えたい思いを表現していく

工夫して新しい楽しみ方を生み出すことで、売れ残ったり傷んでしまったりした野菜や食材を無駄にしない、というのは鈴木さんがずっと続けてきたこと。ジュースやケチャップなどの加工品はもちろん、昨年オープンした実店舗「micotoya house」にはアイスクリーム店「KIKI NATURAL ICECREAM」を併設しました。

まだまだ再利用できる食材を活かした自家製アイスクリームには、「ほうじ茶カカオニブ」「ラズベリー牛すじ」「焼き芋みるく」など、大人もわくわくするようなフレーバーが並びます。「アイスクリームを通して、僕たちが伝えたいオーガニックのこと、フードロスのこと、植物や種のこともカジュアルに伝えることができる。気構えずに普通に知ってもらえるのがすごくいいんですよね。野菜の入荷がない水曜日には、売れ残った野菜で“まかないランチ”も出しているんです。そうやって今あるもので新しい何かを作るのって、すごくクリエイティブで楽しいこと。実店舗は人が集まるコミュニケーションの場になってくれているので、お客さんにもその面白さを体感してもらえたらいいなと思います」。

鈴木さんのお話から見えてきたのは、野菜は街の暮らしのなかで、人と植物をつないでくれる存在だということ。土や植物に触れる機会は少なくても、野菜や果物に触れ、料理をすることは日常生活の一部です。その一部を少し拡大して、野菜を植物として楽しみ、活用してみる。環境にとっても私たちにとっても、ちょっとポジティブな変化がやってくる気がします。

PROFILE

鈴木鉄平

「青果ミコト屋」代表。1979年に生まれ、3歳までをロシアで過ごし、帰国後横浜で育つ。高校卒業後、アメリカ西南部を一年かけて放浪し、ネイティブアメリカンの精神性を体感。2007年にヒマラヤで触れたグルン族のプリミティブな暮らしの豊かさに惹かれ、農のフィールドへ。2008年、千葉の自然栽培農家である高橋博氏、寺井三郎氏に師事し畑仕事を学び、2009年にBrown’sFieldの田んぼと畑スタッフとして一年間自給的な暮らしを経験。2010年、高校の同級生、山代徹と共に旅する八百屋「青果ミコト屋」を立ち上げる。2021年、地元である横浜市青葉区に八百屋の実店舗と「KIKI NATURAL ICECREAM」を併設した「micotoya house」をオープン。

photographer : Yayoi Arimoto writer:Mayu Sakazaki editorial direction:Mo-Green Co.,Ltd.