BOTANIST Journal 植物と共に生きる。

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My Botanical Rule #3 「エディブルウェイ」――食べられる植物でまちや人、緑をつなぐ。

「エディブルウェイ(Edible食べられる+Way道・方法)」という活動をご存じですか? 家の軒先やお店の前など沿道のスペースに、住民たちが野菜やハーブなど食べられる植物を育てることで、まちや人、緑をつなぐ取り組みです。発起人のひとり江口亜維子さんにお話しを伺いました。

緑の『コモン』がある豊かな暮らし

JR松戸駅から、千葉大学松戸キャンパスへの向かう約1㎞の沿道を歩くと、保育園やベーカリーの軒先、住宅街の庭先に、可愛らしい葉っぱのロゴが描かれたお揃いのプランターが並んでいます。プランターの中では、冬の寒さの中、ブロッコリーや水菜、ワイルドストロベリーなど野菜や果物が元気に育っていました。
「赤ちゃんのいる家族から90代の方まで、いろんな世代の方が参加してくださっているんです」。生き生きと育つ植物たちを眺めながら、にこやかに語る江口さん。江口さんが、この活動をはじめるきっかけは、阿佐ヶ谷住宅での暮らしにさかのぼります。

「阿佐ヶ谷住宅は、1957年に建てられた低層のテラスハウスが中心の団地で、住居棟の間には、『コモン』と呼ばれる豊富な緑地スペースがありました。そこには、住民たちが、植えた夏ミカンや梅など実のなる植物があって、近所の方と一緒に収穫をしたり、収穫した果物で作ったジャムや梅酒をおすそ分けしたり。四季折々の緑に触れながら、人と人がゆるやかにつながっていました」

なかでも、江口さんが『コモン』がある暮らしの豊かさを再認識したのが東日本大震災でした。

「震災直後は、スーパーやコンビニの棚からは食品が消えてしまって。私自身、このままで生きていけるのかな? と、ものすごく不安になりました。でも、近所の方と『大丈夫でしたか?』と声をかけあったり、生活必需品を分けていただいたりと、ご近所づきあいのありがたさを実感しました。それと同時に自分で食べるものを自分で育てたいという思いが生まれてきました」

エディブルランドスケープの実現

その後、阿佐ヶ谷住宅は取り壊されてしまいますが、『コモンのある暮らし』に興味を持った江口さんは、千葉大学園芸学研究科・木下勇教授のもとで、コモンの研究をはじめます。その中で、木下教授から学んだのが「エディブルランドスケープ(食べられる景観)」についてでした。「エディブルランドスケープ」とは、食べられる植物を取り入れた植栽のことで、コミュニケーションが生まれ、コミュニティ形成に役立つと言われています。

「欧米で地域再生などのムーブメントとして広がっていますが、日本では公共の場所に食べられるものを植えることが、衛生面や権利などの問題でなかなか難しいことがわかりました」

活動を模索する中、江口さんたちは、家の軒先やお店の前など、道路に面したオープンな空間にプランターを置き、そこで食べられる植物を育ててもらえれば、日本でもまちなかでエディブルランドスケープが実現できると考えます。はじめは、研究室のメンバーと一緒に一軒、一軒、プロジェクトを説明してまわりました。2016年のスタート時には数軒だった参加者も、ご近所づきあいや口コミでその輪が広がっていったといいます。

「ご近所さん同士で水遣りの際に挨拶を交わしたり、育てている野菜を見ながら知らない人同士の間で会話が生まれたり。保育園では、プランターで育てたニンジンの葉っぱについた青虫が蝶になるまでを観察したり。まちの人たちの間にエディブルウェイの輪が広がっていきました。私自身、園芸初心者だったのですが、園芸の知識や経験が豊富な方に育て方を教えてもらったり、ご飯をご馳走してくれるお宅もできたりと、活動当初には、思いもよらなかった出会いや展開がありました」

地域に根付き、花咲く「エディブルウェイ」

プランターがある風景が地域に定着していく中、収穫した野菜を持ち寄って一緒に食べる食事会を開催。少しずつ参加者も増えていきましたが、2020年からはコロナウイルスの影響で、中止になりました。外出自粛など、人と人との交流が難しい時期が続きましたが、プランターの植物がきちんと水遣りされて、生き生きと育っていることから、会えなくても植物を通して、お家の人たちの元気な様子を知ることができたといいます。

研究室を卒業した後は、プロジェクトに賛同してくれた渡邉愛さんと青木恵美子さん、3人の運営メンバーとアイデアを出しあいながら活動を続けています。
「現在(2022年)、プランターは57世帯、120個ほどに増え、年に2回『種と苗の配布・交換会』を開催して、種や苗を分け合ったり、植え替えのお手伝いをしています。ほかにも、ハーブを使ったスワッグ作りや剪定された枝を利用して、北欧で農家の守り神とされているトムテづくりなど、少人数で楽しめるワークショップを開催しています」

活動をはじめて6年。一緒に活動を支えてくれるメンバーと一緒に「植物のクラフトづくりなど、自分たちも楽しめるかたちで続けられたら」。笑顔で語る江口さんの姿は、とても自然体です。

「いつかナーサリーカフェができたらいいねって話しているんです。種や苗、プランターなどガーデニング用品を揃えて、収穫した野菜やハーブで料理や飲み物を楽しんでもらえたら。阿佐ヶ谷住宅での緑のある暮らしで得たエッセンスを、今の時代に少しずつ、再現できたらと思っています」

PROFILE

江口亜維子

石川県小松市生まれ。博士(農学)。武蔵野美術大学卒業後、設計事務所で国内外の地域計画、建築企画設計に携わる。千葉大学大学院園芸学研究科博士後期課程在学中の2016年より「EDIBLE WAY」開始。現在は、千葉大学予防医学センター特任研究員。

photographer : Rikiya Nakamura writer:Mizuho Amamiya editorial direction:Mo-Green Co.,Ltd.