はじまりは、300円のバジルから
古民家をリノベーションした観葉植物ショップの一画。大小の鉢植えが並ぶお部屋に、JUNERAYさんをお迎えしました。
「緑が多くてとっても素敵な場所お部屋ですね。うちにも、このくらいたくさんの鉢植えがありますよ。こんなにおしゃれな空間ではないですが(笑)」
過去に花屋、そしてバーテンダーとして勤務していたJUNERAYさん。その経験を活かし、植物とお酒にまつわる記事を書いています。
「今ではありがたいことに毎日楽しく仕事をしていますが、社会人になりたての頃はしんどい思いもしました。もともと、出身は宮城で山のふもとで育った私。仙台に出て会社勤めを始めると、街に緑が少ないことに不安になり、なんとなく孤独を抱えるようになったんです」
心細さに会社の激務がのしかかり、心身ともに削られる日々。ふと「家に緑があればいいのかも」と思い立ち、ホームセンターを訪れました。
「当時は植物に詳しくなかったので、何を買うか迷いました。結局選んだのは、300円のバジルの鉢植え。安いし、食べられるのがいいなと思ったんです(笑)。そこから、緑のある生活にハマっていきました」
もっと植物と共に生きたい。その気持ちが、思わぬ転機につながります。
「ある日、会社に行く道の途中にある花屋を通りがかった瞬間に『私は花屋になった方がいい』と衝動的に感じたんです。それで、会社を辞めて上京しました」
これ以上、過労で消耗したくない。そんな思いもあって思い切った選択をしたJUNERAYさん。バジルを家に迎えてから、3ヶ月ほどのことでした。
「もともと花屋に憧れていたというわけでもなく、本当になんとなく惹かれて働き始めたんですよ。やってみると、花屋のお仕事は結構な肉体労働でした。朝早く市場に行って仕入れて、花を並べて……。大変でしたが、植物を相手にする仕事なのでとにかく楽しかった。それに花屋に来るお客様は基本的にハッピーな気分の人だから、エネルギーをもらえました」
日中はフローリスト、そして夜はバー。二足のわらじでアルバイトをしつつ、その間も自宅には切り花や鉢植えが増え続けました。数年後、結婚して引っ越すと、家はますます植物だらけに。
「夫も植物が好きなんです。ホームセンターの端っこにあるしおれかけた苗を買って、元気にしてあげるのが趣味だと言っています。2人で買い集めた植物はすくすく育ち、今では抱えられないくらい大きくなったものも。いつか引っ越すとしたら、かなり大変だと思いますね(笑)。
ただ、計画なしに迎え入れているわけではないですよ。“1日2分ルール”を自分に課しています。1つの鉢植えに対して、1日2分手をかけられないなら買わない。植物は生き物であるからこそ、毎日水やりの状態をみたり、虫がついていないかを見たりしてあげたいので、丁寧に向き合える範囲で楽しんでいます」
夏場は、1日50リットルの水を与える日もあるそう。
「夫と分担していますが、お世話は大変です。でもそれ以上に、家に生き物がいるのは幸せだし、自分が育てている植物が元気だったらすごく嬉しい。しかも植物があるとお部屋がキレイになるんですよ。『こんなに素敵な空間だから、横に紙くずは置けないな』みたいに自制心が働く(笑)。暮らしが豊かになる感覚があります」
花屋で働いていたということもあり、もともとは切り花が大好きだったというJUNERAYさん。しかし今では、鉢植えにより魅力を感じていると言います。
「切り花と鉢の植物って、似ているようで全然違うもの。切り花は贈り物として、その瞬間だけ華やかに短い命を全うしますが、鉢の植物は手入れさえすればずっと生きられます。育てる楽しみが長く続く分、愛着が湧いて一緒に暮らしているような感覚になるところが好きです」
すべてのお酒は、植物と地続き
花屋でのお仕事をしながら、夜はバーテンダーとしても働いていたJUNERAYさん。お酒の世界にどっぷりハマるきっかけは、ささやかなものでした。
「スーパーなどのお酒コーナーを見ていて一番よくわからないのがワインだから、詳しく知りたいと思ったんです。お酒全般を知るために、もっともハードルが高そうなワインから着手すれば手っ取り早いかな、と」
そこで知り合いに同行するかたちでワインを学びに行ったところ、なんと日本ソムリエ協会の最高技術顧問と出会います。半年ほどみっちり教えてもらいながら、バーで働きつつスキルを獲得。ワインエキスパートの資格を取りました。
「私にとってお酒は『植物が形を変えたもの』なんです。ワインはぶどうから、日本酒はお米からできていて、ジンは穀物からつくってさらにボタニカルと呼ばれるスパイスやハーブを入れて完成します。すべてのお酒は、植物と地続き。だから愛せるんだと思います」
関心が深まっていくと、ドリンクをつくることにも興味がわいてきました。最初はハーブティーを淹れるところから始め、次第に海外のバーテンダーが書いた本などを参考に、オリジナルドリンクをアレンジするようになります。その様子をプラットフォーム「note」で発信していたところ、「『肉』フレーバーのウイスキーをつくる」という記事で「デイリーポータルZ」の新人賞を獲得しました。
「賞をいただくなんてまったく想像していなかったのですが、そこからお仕事として記事を書くようになり、気づけばライターになっていました。自分の興味関心を発信したら読んでくれる人がいた、というのはとっても幸せなことです」
ライターとして人気メディアで執筆するようになり、活動の幅はどんどん広がります。2021年には、『mitosaya薬草園蒸留所』と一緒にコラボドリンクを開発。2023年からは、同蒸留所が運営する『CAN-PANY』というノンアルコールのブランドで、レシピ開発担当を務めています。
「アルコールドリンクはたくさんアレンジしてきましたが、ノンアルコールだと果たしてどういうふうにできるのか、興味津々になってレシピを考えています。私は子どもの頃から『実験』が好きなんですよ。白衣を着てビーカーを片手に持ち、ワクワクしながら研究しています」
自身のことを「本当に飽きっぽい」と表現するJUNERAYさん。CAN-PANYでは毎週のように「実験内容」が変わるからこそ、飽きることなく夢中で続けられるそうです。
「自分でレシピを考える楽しさの一つは、『何が含まれているのか』を100%把握できることだと思います。食べ物も飲み物も、正体をよく知らずに摂取することが多いじゃないですか。例えばコーラを飲んでいて『この香りってなんだろう』とは、いちいち考えない。でも、自分が食べたり飲んだりするものを理解している安心感は、日常においてとても大切だと感じています」
花と酒、嗜好品に正解はない
植物とお酒。その2軸で見つけた「楽しい」「面白い」を積極的に発信しながら、現在は不定期でワークショップも開いています。
「自分が知っていることを誰かに教えることで、みんなで楽しめるようになったらいいなと思うんです。内容は、基本的にはじめての方向け。たとえば日本酒のワークショップなら『同じお米が原料なのに、なんでこんなに味わいが違うの?』とか『香りが強いものと弱いものがあるけど、どうして?』ということを話しています」
お花のワークショップでは、日ごろ花屋に行かない人たちの背中を押します。
「フラワーアレンジメントを教えているのですが、こちらで花を用意するのではなく、各自で花屋で買ってきて持参してもらうようにしています。そうすることで、花屋に行くきっかけをつくりたいという思いがあるんです。
花屋に行くのが怖い、どんな風に買ったらいいのかわからないという人は案外多いのですが、気負わなくて大丈夫。いいお店なら、花の名前がわからなくても親身に話を聞いてくれます。1回でも行けば、次はお店に入りやすくなるはずです」
見知らぬ世界への第一歩を踏み出す人を、優しくサポートする。それが、JUNERAYさんが今やりたいことなのです。
「そういえば最近SNSで『ユリや菊は仏花だから、お祝いの花束に入れるのは失礼ではないか』という意見を見かけました。でもユリも菊も、一般的に屋外で長持ちしやすいから仏花として扱われているだけであって、決して縁起が悪い花ではありません。ルールや理屈というものさしで考えるのではなく、ありのままの感性で、その美しさを楽しめばいいと私は思います」
「お酒も植物も、私よりずっと詳しい方がたくさんいらっしゃいます。だから私は、専門知識を突き詰めて教えようとは思っていなくて、皆さんがファーストステップを踏むきっかけに寄り添いたいんです。
初心者の場合、あまりにもプロフェッショナルな人たちから教わるのって、気分的にハードルが高いじゃないですか。だから私みたいな人が説明役になりじっくりガイドすることで、のびのびと楽しめるようになったらいいなと思うんです。お花もお酒も、言ってしまえば嗜好品。正解なんてないので、身構えなくて大丈夫。ただただ楽しめればいい。そのことを、皆さんにお伝えしたいと思っています」
▼ノンアルコールドリンク「CAN-PANY」公式サイト
https://can-pany.com/
▼クレジット
取材:執筆:安岡晴香
撮影:飯本貴子
編集:三浦玲央奈(株式会社ツドイ)