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大好きなアロマを仕事にできて、心から幸せ
取材場所に指定されたのは、渋谷区千駄ヶ谷にある齋藤さんのオフィス。ドアを開け、一歩足を踏み入れると、途端にウッディーな香りに包まれました。森林浴のような深い匂いに、思わずその場で深呼吸したくなります。
「ようこそお越しくださいました」
笑顔で出迎えてくれた齋藤さんは、アロマ調香師の第一人者。さまざまな香りをブレンドしたオリジナルアロマで、ホテルや美術館、イベント、オフィスなどの空間をデザインされています。


「香りって、脳を刺激する信号のようなもの。鼻から受け取った香りの情報は、約0.2秒で脳に届き、私たちの記憶に深く結びつきます。だからこそホテルやイベント、商業施設などでは香りを使うことは人の印象に残すことができるため重要だと考えています。これまで、生み出してきた香りは6,000点以上。大好きなアロマを仕事にできて、こんなにもたくさんの人に求められて、本当に幸せに思います」
そんな齋藤さんが初めて「香り」を意識したのは、幼少期の頃でした。
「私は、京都で10代続く家に生まれました。父の生家はお寺の多いエリア。覚えているのは、家の仏壇だけでなく町のあらゆるところから、いつも白檀などのお香の香りが漂っていたこと。今でも白檀を嗅ぐと、京都の夏の暑さや、お寺から聞こえるハトの鳴き声が鮮やかによみがってきます」
また、香りの文房具を集めたり、食べ物もなんとなく嗅いでしまう、そんな匂いに敏感な子どもだったんだとか。そんな幼い頃からの記憶から、中学生の頃にはもう自分の部屋でお香を焚いていたという齋藤さん。しかし、本当の意味でアロマの虜になったのは大学生のときでした。
「今でも忘れない原体験があるんです。ある日買い物をしていたら、お店にベルガモットのオイルが置いてあって。なんとなく手にとって嗅ぐと、一瞬で気持ちが明るくなり、のびやかな気分になりました。その衝撃が忘れられず、暮らしに積極的にアロマを取り入れるようになりました」

アロマってすごい。そんな気づきが、齋藤さんの人生をじわじわと変えていきます。
「それまでは私にとってアロマって、『いい香りでおしゃれ』くらいのものだったんです。でも、アロマの関連書籍を読んだり、資格をとったり、時間とお金をかけて学びを深めるうちに、アロマを単なる趣味ではなく仕事にしたいという思いが芽生えてきました」

大学卒業後は一般企業に勤めたものの、結婚を機に退職。そんなとき「私は香りが好きだった。香りを仕事にしたい」と漠然と思い始め、人生のハンドルを切りました。
「とはいえ、どんなふうに仕事をすればいいか、初めは手探り状態でした。アロマ検定からはじまり、全身のアロマトリートメント、フェイシャル、オーガニック、ハーブ、クレイ などさまざまな資格を取りました。やってもやってもキリがないという気持ちでいたんです。そんな中で、はじめたのが、ベビーマッサージとアロマレッスンを行うスクールでした。実は私自身、赤ちゃんを生んでから『母親』以外の時間がなく、いつも忙しない気分で過ごしていて。きっと他のお母さんも同じだろうなと感じたとき、日々頑張っている彼女たちに、アロマを使ってパワーを届けられたらと思ったんです」
初めてのアロマの仕事。参加してくれたお母さんたちの笑顔を見て、齋藤さんは「もっと仕事の幅を広げたい」「知識と技術を磨いていきたい」と、改めてスイッチを入れたのです。
「妄想」をふくらませ、頭に描いた景色を実現していく
以降も、アロマの仕事を続けてきた齋藤さん。次なる挑戦は、“調香”の分野に進むことでした。当時調香師という仕事はメジャーではなく、ブレンドについて教えるアロマスクールはほとんどなかったそう。それでも調香師を志したのは「目の前のお客様に、心から喜んでもらいたかったから」だといいます。
「たとえば、リラックスをしたいという方に『ラベンダーの精油がいい』とおすすめしても、その方がラベンダーを好きでなかった場合は喜ばれませんよね。そんなとき、ラベンダーにオレンジの香りを多めにブレンドするなどして、その方の好きな調合でアロマを作ることができたら、笑顔になってもらえるかもしれない。使う人が心から気に入るようなアロマを提供できるように、ブレンドの道を極めようと決めたんです」
そうやって試行錯誤して調香の学びを深める中で、できあがったメソッドが「パーソナル調香ESSENTIA」でした。これを教えて欲しいという方がいらっしゃったので、では調香を一から学べるようプログラムを考え、2013年に一般社団法人プラスアロマ協会を設立し最初の法人化をしました。その後、アロマ調香デザイナーという商標登録をおこない香りをデザインする、という仕事を軸にしていきました。その結果、次第に企業や施設から、香りで空間をデザインしてほしいと声がかかるように。2023年には自身のブランド『TOMOKO SAITO AROMATIQUE STUDIO』を立ち上げ、自分らしい調香で、唯一無二の立場を確立しています。

「私たちが作る香りのほとんどに共通しているのが、木のエッセンスを取り入れていることです。日本は国土の7割近くが森林という、世界有数の森林大国。木の香りを嗅ぐとなぜかほっとするとか、木の香りを故郷の匂いとして記憶しているという人も多く、日本人と木は切っても切り離せない関係にあります。そんなこの国ならではの個性を生かして、私たちらしいアロマ作りを続けてきました」
天然精油での香りのデザインを依頼してくださるクライアントは、国内外のホテル、不動産会社、レストラン、化粧品メーカーなど幅が広く、テーマも和風、ラグジュアリー、ジェンダーレス……などさまざま。齋藤さんは毎回、30項目以上の細かい質問をクライアントに投げかけ、求められている香りのイメージを紐解きます。
「香りを組み立てるときは、まずノートにキーワードを散りばめて構想を練ります。その香りの言葉やイメージ、写真などから、香りへ変換していきます。この作業に一番時間がかかりますが、私の最大の得意分野でもあります。それからようやく実際に精油を使い、ブレンドをしながら目的のイメージに近づけていきます。試行錯誤を繰り返して、世界にひとつしかない香りにたどり着くんです。これまで15年以上、約6,000種類ブレンドしてきましたが、まだまだやりたいことはたくさんあります。香りの可能性って、無限大なんですよ」

どこまでも前向きで、新しいことに積極的にトライする齋藤さん。思わず「すごいですね」と言うと、弾けるような笑顔ではつらつと答えます。
「私、妄想が大好きなんですよ。いつも脳内で、これからどんな新しいことができるだろう、どんな自分になれるだろうって考えているんです。妄想を原動力にアロマの仕事を続けてきたら、気づけば後ろに道ができていました」
だからこれからも、誰かのキャリアをなぞるのではなく、まだ誰もやっていないことに挑戦したいのだそう。
「自由なアイデアを膨らませて、どんどん自分の世界を広げていきたいです。そのほうが、面白いじゃないですか」


ちなみに齋藤さん自身は、日常生活にどのようにアロマを取り入れているのでしょうか。
「私は、家ではディフューザーは使わずに、紙に垂らして香らせています。電源が必要だと面倒ですからね(笑)。アロマは決してハードルの高いものではなくて、アロマオイルをティッシュに垂らして部屋の好きなところに置いておけばそれでいいんです」
好きな香りを楽しむために、入浴タイムにひと工夫凝らすのもおすすめだそう。
「ゆったりしたいときはベルガモット、フランキンセンス、ヒノキ、ユズあたりがおすすめ。何種類か混ぜて垂らしてブレンドオイルを作るのも楽しいですよ。私ははちみつやホホバオイルなどにアロマオイルを垂らし、よく混ぜてからお風呂に入れると、香りはもちろん、保湿効果も得られます。私は、これがお気に入り。とってもいい気分になって1時間でもお風呂に入っていられます」
「『嗅ぐ』という行為は、深呼吸のきっかけにもなりますよね。すうっと息を吸い込んで好きな香りを楽しめば、それだけでもうメディテーション。あわただしい毎日を過ごしている人にこそ、生活に『嗅ぐこと』を取り入れてみてほしいと思います」

生活を邪魔しないバランスが『BOTANIST』の魅力
バスタイムも大切にしているという齋藤さんに、『BOTANIST』の製品を使っていただきました。
「ルースタイプのシャンプーとトリートメントを使いました。まず思ったのは、香りがとてもいいということ。フレッシュな柑橘の中に残るスパイスと土のニュアンスも私の好みです。かといって香りは強すぎず、とても自然です。この仕事をしていると香りが強く残るものは敬遠してしまうので、『BOTANIST』はとてもバランスが良いと感じました」
また、オレンジとジンジャーの香りのオイルも試してくださったそう。
「保湿オイルとしてもクレンジングとしても使えるなんて、便利ですよね。朝晩使わせていただきましたが、しっとりした使用感がいいなと思います」
香りや使用感だけでなく、パッケージも気に入ってくださった様子。
「『BOTANIST』のロゴやラベルの雰囲気って、とってもかわいいですよね。ナチュラルな印象で、どんな場所にもおしゃれに馴染む。家に置いているだけで気分が上がります」


『今いる場所とは違うところに行けるようなもの』を探してみて
齋藤さんは近頃、森林に出かけて木々に直接触れたり、蒸留所に出向いて生産者と話すことに力を入れていると言います。アロマの魅力を追求したいというエネルギッシュな思いが、齋藤さんの足を動かすのです。
「全国を巡るようになったきっかけは、数年前に北海道の蒸留所を訪れたこと。朝5時前からラベンダーの刈り取りを行い、すぐに近くにある蒸留器で2時間以上かけて蒸留を行います。30分ほどまつと、ようやく最初の精油が抽出できます。その最初のひとしずくをみたときに、天然精油を作るのってこんなに大変なんだと改めて思い知りました。
アロマの仕事をしていく以上、生林業や農業、生産者の皆さんのご苦労はもちろん、どんな思いで育てているのか、管理しているのか、そういうことも知った上で、香りのデザインに盛り込んでいきたい。そんな思いから、以降はできるだけ生産地に足を運ぶようにしています」
2024年には、北海道から鹿児島県まで、通算70日ほどかけて出張しました。
「ガンガン日焼けをして、長靴を履いて山道を歩くというハードな旅程になるのですが、すごく気持ちがよくて発見が多いんですよ。調香師を続ける以上、できるだけ誠実に香りの可能性と向き合いたい。だから、生産の過程も含めてアロマを知り尽くしていこうと思っています」


目指しているのは、日本の香りの魅力を国内外に広く伝えること。
「日本の豊かな自然が織りなす香りは、本当に特別なもの。まずは一人でも多くの日本人に、自国の魅力を再発見してほしいです。同時に、世界の人々に向けても、その素晴らしさを発信していきたいですね。
ホテルのロビーの香りを手がけることも多いのですが、その香りを持ち帰っていただきたいと、ショップなどで私たちの作ったブレンドオイルやルームフレグランスなどを販売してくださっているところもあるんです。『滞在していたホテルの香りをお土産として自国に持ち帰りたい』とまとめて100本お買い求めいただいたゲストもいらっしゃるそうで。
私がデザインした香りが、遠い地で日本を思い出すきっかけになっていると思うと、本当にうれしいんですよね。これからも私の作ったブレンドアロマを通して、『日本の香り』を世界中に届けていければと思います」
世界を見据えて、道なき道を進む齋藤さん。これからもアロマとともに、新しい香りの価値を生み出す人生を描いていきたいと言います。
「アロマは私にとって、単なる仕事ではなく、人生を彩ってくれる存在です。一滴でも精油を垂らせば、たちまち元気になったり、リラックスできたりする。私が心地よく過ごすために、必要不可欠なアイテムです」
アロマによって自分らしさを保ってきた齋藤さん。ナチュラルに生きるのがどうしても難しいという人にヒントを伝えてくれました。
「余裕を失うと、自分らしさも消えてしまうもの。そんなときは『今いる場所とは違うところに行けるようなもの』を使ってみてください。私の場合は、アロマの他に、旅や音楽、映画、そしてお風呂でゆっくりすることなどもその時間です。そういったものを味方につけ、意識的に取り入れてみると、気分がゆるんで生き方が少し変わるはず。アイデアがたくさん湧いてくる、自分らしさ満開のナチュラルな人生につながっていくのではないでしょうか」

Instagram: @tomoko_saito_aromadesigner
撮影:飯本貴子
取材・執筆:安岡晴香
編集:安岡倫子(株式会社ツドイ)