「植物も生きている」と感じた写真集のススメ―石川直樹さん―
コロナ渦において生命の尊さをより深く感じているかたも多いのではないでしょうか?生きるとはなにか?という哲学的な問いが頭をよぎることもあるかもしれません。生死を彷徨う体験のなかで感じた植物の生について、写真家の石川直樹さんに話を伺います。
生命を脅かされる場所からの
帰還によって感じる植物の魅力
北極や南極をはじめとする極地、登頂が最も困難とされる高峰K2などへの、ときには命がけの旅をしながら作品を生み出し続けてきた写真家の石川直樹さん。2020年夏、3度目となるK2遠征に出かける予定があったが、コロナ渦のために延期を余儀なくされてしまった。
過去の2度にわたる遠征の体験で得た新たな発見について、尋ねた。
「K2に登ろうとすると、まずは麓のバルトロ氷河を越えることになります。標高4000メートルくらいから森林限界を超えちゃうので、あたりに植物が一切なくなるんです。荒涼とした岩と雪のなかで、以後2ヶ月近くテント生活をしながら登頂を目指すことになります。長い遠征を終えて村に戻る途上、厳しい環境にずっと身を晒していたがゆえに、岩にへばりついてる苔とか小さな花といった生き物をみただけで、思わず気持ちを揺さぶれてしまう。別にロマンティストでもナイーブなタイプでもないんですけど、普段はそこまで気に留めることもない植物たちが、すごく生き生きしているように感じられてグイグイきちゃうんですよね。シャバに戻ってきたじゃないけど(笑)、村に近づくとようやく戻ってこられた、帰ってきた、みたいな感覚があって。植物を目の当たりにすることが、日常に引き戻されるスイッチみたいなものですね」
海を、分断するものでなく
繋ぐものとして捉える。
石川さんがポリネシアの島々を巡ったきっかけのひとつは、ル・クレジオの『ラガ―見えない大陸への接近』という本だった。
「ハワイとニュージーランドとイースター島を繋ぐ広大な三角形は、ポリネシアトライアングルと呼ばれています。例えばヨーロッパだったら、国境によって土地がいくつにも分断されて言語もたくさんの種類に分かれていますが、ポリネシアはヨーロッパの3倍ほどの面積がありながら、ボリネシア語という一つの言語が、ほとんどの島で通用する。それって奇跡的なことですよね。そうやって海を越えて文化が伝播してくポリネシアトライアングルのありようを、クレジオは「見えない大陸」と表現しました。海は隔てるものではなく、人と人とを繋げるものでもある。ボリネシアというのは、まさにその成り立ちから、大陸に生きる人々とは異なる海へのとらえ方を内包しているように感じます」
マオリの人々と共生する深い森
をとらえた『THE VOID』
石川さんは、ポリネシアの南西に位置するニュージーランド北島の原生林を撮影し、『THE VOID』という写真集を発表している。ここは先住民マオリが共に生きる森である。
「この本は、完全に森とその周辺の自然環境だけを撮影した写真集ですね。ポリネシアのなかでもニュージーランドのマオリの人々は、そこにあった原生林と親密な関わりをもって、長く共生してきました。海を渡るためのカヌーをつくるために、とても大きな木が必要だったわけで、北島の原生林には、屋久島の杉よりも大きくて太いカウリという木が生えていて、昔はこうした樹木からカヌーをつくっていたようです。道に迷いやすい森では、シルバーファーンという裏面が銀色の葉っぱがあって、それを道しるべに使ったりもした。夜道だと、その葉っぱが月あかりを反射して光るんですね。そういうふうに、森と共生することによって、今も北島の原生林は脈々と受け継がれています。ポリネシア人としてのマオリは、森と海がつながっていることを実感として持っているんでしょうね。こうしたはじまりの場所でもあり、帰ってくる場所でもあるマオリの豊かな森を写真におさめたのが『THE VOID』というシリーズなんです」
世界のまだ見ぬ一面を写真によって追い求めながら、あらゆる環境を20年以上にわたって歩き続けてきた石川さん。
人間、自然、植物と、それぞれののなかに我々の予期しない摩訶不思議な世界が広がっていることを、いつも思い起こさせてくれます。
石川直樹さん
1977年東京生まれ。写真家。東京芸術大学大学院美術研究科博士後期課程修了。人類学、民俗学などの領域に関心を持ち、辺境から都市まであらゆる場所を旅しながら、作品を発表し続けている。2008年『NEW DIMENSION』(赤々舎)、『POLAR』(リトルモア)により日本写真協会賞新人賞、講談社出版文化賞。2011年『CORONA』(青土社)により土門拳賞を受賞。2020年『EVEREST』(CCCメディアハウス)、『まれびと』(小学館)により日本写真協会賞作家賞を受賞した。著書に、開高健ノンフィクション賞を受賞した『最後の冒険家』(集英社)ほか多数。2016年に水戸芸術館ではじまった大規模な個展『この星の光の地図を写す』が、新潟市美術館、高知県立美術館、北九州市立美術館、初台オペラシティなどに巡回。同名の写真集も刊行された。2020年には『アラスカで一番高い山』(福音館書店)、『富士山にのぼる』(アリス館)を出版し、写真絵本の制作にも力を入れている。
「共に生きる LIVE WITH 」
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