BOTANIST Journal 植物と共に生きる。

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HOW TO 07

「ここは職場であり、植場」。画家・佐野裕一は、400以上の植物と互いに支え合いながら、今日も絵を描く

絵を描く傍ら育てていた植物は、気づけば400を超える数に。植物たちと、お互いに無理のない暮らしを日々模索しつづける人がいます。

主に動物や恐竜をモチーフに、やわらかさを纏った、ふんわりとやさしい世界を描く画家・佐野裕一(さのゆういち)さん。子どもの頃からの植物好きが嵩じて、植物との暮らしについて描いた漫画やエッセイでも注目を集めています。







ご自宅にお邪魔し、その暮らしぶりに触れるなかで、植物とともに心地良く生きていくためのヒントが見えてきました。

都内から新幹線とローカル線を乗り継いで、およそ4時間。向かった先は、忍者発祥の地として知られる滋賀県甲賀市です。今回お話をうかがう佐野さんは、このまちで生まれ育ちました。

画家、漫画家、そして植物をこよなく愛する園芸家としての顔を持つ佐野さん。漫画やエッセイ、ラジオなどを通して、植物の魅力や、ともに暮らす面白さについて発信しています。

ご自宅に到着し、少し緊張しながらインターフォンを押すと、ほぼ間髪を入れずに扉の向こうから佐野さんが登場。忍者さながらのスピード感でしたが、どうやらドアの近くで待機してくださっていた様子。にこやかに迎え入れてもらい、取材班の緊張もすっかりほぐれました。

さっそく2階の佐野さんの仕事場に案内してもらうと、中にはとにかく植物がたくさん。まるでグリーンショップのような空間です。



お部屋には、イラストや漫画を描く作業用のデスクと、本棚、そして柔らかな日差しが差し込む窓が3つ。それぞれの窓辺に並ぶ植物たちは、寒さへの耐性や必要な光の量に応じて分けられているのだそう。



東側の窓辺には、小さな多肉植物がたくさん。ここにいるのはやわらかい光を好む植物たちで、日光と、吊るされた2つのライトの光を浴びて、健やかに育っています。すぐ横にはグッピーが暮らす水槽があり、そこでは水耕栽培も行われていました。



「正面の窓辺は、マダガスカルやアフリカが原産のエリア。たっぷりの光が必要で、風も強めに当てた方がいい植物たちを置いています。じつは風が結構重要で、人間でいう運動量みたいな要素なんです。スポーツマンが運動しないと調子を崩すように、この子たちも風に当たらないとふにゃふにゃしてきて、元気がなくなってしまうんですよ」

風に当たり、植物のからだが揺れることで、たくましく丈夫に育つエチレンという物質が生成されるのだとか。あたたかい時期はなるべく屋外に、室内で育てる場合にはサーキュレーターを使って風を当ててあげるのがおすすめだといいます。

「植物を見て、自分も運動しなきゃなと思うことがあります」と笑う佐野さん。



一方、西向きの出窓は丈夫であまり手がかからない植物たちのエリア。サンセベリアやアロエなどが並んでいます。最近のお気に入りは、このほんのりと赤く色づいた植物だそう。

「これは『フィランサス・ミラビリス』という、タイ北東部〜ラオスが原産の植物です。ミラビリスは“美しい葉”という意味なんですが、紅葉を思わせるような秋めいた色味ですよね。どこか日本らしい風情もあるなって」

その近くには、何やら玉ねぎのようなつるんとした植物が。可愛らしいまあるいフォルムが気になって尋ねると、「それも結構気に入ってるんですよ」と佐野さん。



「『蒼角殿(ソウカクデン)』といって、球根状の多肉植物です。ヒヤシンスに近いですね。ツルがぐんぐん伸びて、夏は窓一面が葉っぱで覆われるくらいになるんですよ。暖かくなると、すごく可愛らしい白い花が咲きます」

同じ分類の植物でも見た目が全然違ったり、一見似ているものにもじつは一つひとつに個性や得意不得意があったり……。

これだけ多様な植物がぎゅっと集まっているようすは、さながら学校のよう。さまざまな特性を持った植物たちが、同じ空間でなるべく健やかに生きられるように、細やかな工夫が凝らされているのを感じます。

    一人暮らしのアパートを水槽に見立てたら、植物を育てるのが楽しくなった

気に入ったものを少しずつ集め、自分で種から増やしたものを合わせると、今では400以上の植物を育てているという佐野さん。そもそも最初に植物に興味を持ったきっかけを聞いてみると、意外な答えが返ってきました。

「小学1年生のときに、ポケットモンスターのゲームが好きだったんです。ゲームに出てくる部屋には観葉植物が置かれているのに、自分の部屋を見渡すとないなと気づいて(笑)。そこで父にお願いをして、ホームセンターで買ってもらったのが『ユッカ・エレファンティペス』という植物です。このユッカが僕にとっての始まりですね」

数ある植物の中から選んだ理由は「単純だけど、ゲームの中に出てくる植物に似ていたから」。当時お父さんに買ってもらった元の株はダメになってしまったものの、その折れた枝を熱帯魚の水槽に挿して、今も大切に育てているのだそう。



それ以来、植物好きな近所のおばあさんを真似して、雑草を植木鉢に入れて育ててみたり、中学生で熱帯魚やカエルなどを飼うようになってからは、水槽の中で小さい水草を育てたりするのを楽しんでいたと言います。

本格的に植物を増やし始めたのは、京都で一人暮らしをすることになった大学生のとき。絵を描きたくて進学した美術系の大学では、課題や制作のために部屋にいることが多い生活。お金も限られたなかで楽しめることを考えたときに、改めて思い浮かんだのが植物でした。

「やはり植物は好きでしたし、ホームセンターや100円ショップでも手に入るものなので、僕の生活との相性が良かったのだと思います。自分だけの部屋を手に入れたので、子どもの頃とは逆の視点で、今度は自分を水槽の中の生き物だとして、周りに好きに植物を植えてみようかなって。そうしたら、植物を育てるのがすごく楽しくなったんです」



大学卒業後もしばらく京都で過ごしたのち、おばあさんが亡くなったことをきっかけに、地元・甲賀市にUターン。現在の家を構え、パートナーやお子さん、ペットたちと暮らしています。庭ができたことで、植物の数もさらに増えたそう。

ふだんホームセンターやグリーンショップで植物を選ぶとき、佐野さんはどんなものに惹かれるのでしょうか。その質問に対し、「良い答えかはわからないですが……」という前置きとともに返ってきたのは「あまり元気がないもの」。

「最初は弱っている植物でも、その子に合った適切な育て方をすることでちゃんと元気になっていく。その過程が僕はとても好きなんです。自分なりの方法で『こうしたらいいんじゃないか』と試してみて、すくすく育ってくれたら嬉しいし、その成長をもって植物に肯定してもらえた気持ちになるというか。今これだけの数の植物がありますが、じつは、そんなにお金をかけていないんですよ。購入するのは基本的にひとつ1000円くらいのもの、3000円以上だとちょっと厳しいな……くらいの感覚です(笑)」

    植物の状態は、自分の心をあらわすバロメーター

そんな佐野さんの毎日のルーティンは、枕元に置いたコップ1杯の水から始まります。

「朝起きたら水を飲んで、残ったぶんを植物にあげます。植物の数は多いですが、水やりが毎日必要なものや、土が乾いてきているものだけあげればいいので。そのあと、子どもの朝ごはんの支度や見送りをしたら、ぷらぷらと散歩へ。そのなかで見た光景や、聴いているラジオから必ずアイデアがひらめくので、ポケットに入れておいた文庫サイズのノートに書き留めて、その日のうちに形にします。植物の世話は仕事の合間に5~10分くらい。夏の間は、植物に悪さをしている虫がいたり、猫に倒された植木鉢があったりしないか、パトロールをしがてら庭に出て、そのままそこで仕事をすることもありますね」



漫画にイラスト、エッセイと、日々やることはたくさん。その合間に植物の世話をはさむことで、自分自身のバランスを保てているのだそう。

「絵で行き詰まることはよくあるんです。自分の視点が凝り固まってしまっているなと感じたら、庭に出たり、植物の植え替えをしたりします。植え替えって、お互いにとって良いことなんですよ。古い根っこを整理して新しい土を入れると根の発育が良くなるので、植物からすればデトックスのような側面があるし、ちょっといいことをすると人間も気分が良くなる。面倒くさいと言えばそうだけど、一緒に気分転換できるのは助かっています」



もし植物たちの元気がなくなっていたら、そうした世話に手が回らないくらい、佐野さん自身の余裕もなくなっているということ。

「植物の状態が僕自身のバロメーターにもなっているんです。調子が良くない植物を見た妻に『あなたも元気ないでしょ?』って言われたり。だから、自分の心の状態を観察するという意味でも、植物を毎日観察してお世話できるくらいの余裕はいつも持っておきたいなと思います」



植物が生活の一部になって久しい佐野さん。この暮らし方が、仕事のアウトプットにも確実に影響していると言います。

「イラストを描く上で一番大事にしているのは、線のやわらかさ。でも、ある程度気持ちがゆったりしていないとそういう線は引けないんです。ライブペイントのような外での仕事のとき、無機質な空間だと線が硬くなってしまうけれど、緑豊かなキャンパスでは安心して描ける。だからたぶん、フラットに出力するための力を植物たちに借りているというか、僕が緊張しないようにいつも助けてもらっているなあという感覚があります」

水槽の中にいる熱帯魚にとって水草が隠れ家となって落ち着くように、植物に囲まれていれば仕事でも安心して力を出せる。お話を聞いていると、佐野さんにとって植物は、もはや生きることに不可欠な、ライフラインのようなものなのかもしれません。

    植物を楽しむコツは、“見え方を工夫する”こと

佐野さんの生活をすぐに真似するのは難しくても、これから植物のある暮らしを始めてみたい。そう思った人に向けて、植物を楽しむためのアイデアを2つ教えてくれました。

まずひとつは、「アボカドの種」。

「スーパーでゲットできますし、食材と考えればほぼ0円で始められるのでおすすめです。暖かい地域の植物なので冬は発芽が厳しいですが、気温が上がってきたら、種を水につけてみてください。芽が出るまでだいたい1〜2か月くらいかかるので根気強く。たいていの植物の発芽条件は水と温度なので、それ以外は難しく考えなくて大丈夫ですよ。ほら、これは焼酎の空き瓶に挿しただけだけど、可愛くないですか?」



おそらく誰もが一度は「この種を何かに活用できないかな」と考えたことがあるのではないでしょうか。今までは捨ててしまっていたアボカドの種も、こうしてお気に入りの瓶に挿して見え方を変えれば、ぐっと存在感のある観葉植物になります。

そしてもうひとつは、「気に入った植物と、好きな動物を並べてみる」こと。



「植物の見え方が変わるのが面白くて、子どもの頃からよくおもちゃやフィギュアを並べて遊んでいました。世界観が出て、より楽しくなりますよ」

たしかに、よく見るとあちこちに小さな動物や恐竜が。佐野さんが子どもの頃からこつこつと集めてきたものだと言います。



たとえば、アフリカゾーンの「象牙宮(ゾウゲキュウ)」の隣りに、アフリカゾウを置いてみたり……



亀の甲羅のような形をした開墾植物「亀甲竜(キッコウリュウ)」の近くに、亀のフィギュアを置いて、通称「亀工場」をつくったり。植物とフィギュアに親和性やストーリー性を持たせるのも楽しそうです。ちなみに、亀甲竜の甲羅部分は芋なんだそう。

    背伸びをしなくていいのが、園芸の魅力

室内の植物たちがめいっぱいになってきたので、近々庭に温室をつくる計画中。それに加えて、陶芸を始めるという野望もあるのだそう。
「自分が種から育てた植物を、自分で作った陶器の鉢に植えられたらいいなって。あとは、動物や恐竜のフィギュアは屋外だと紫外線で劣化しやすいので、屋外に置いて水がかかっても大丈夫な陶器のおもちゃもつくってみたいなと思っています」

自分が楽しむための工夫をしつつ、植物にとっても心地良い暮らしを模索する佐野さん。その暮らしぶりを見ていると、植物を育てるという行為がぐっと身近なものに感じられ、「自分でもやってみたい」と前向きな気持ちがむくむくと湧いてくるような気がします。



取材の中で印象的だったのは、「園芸というのは本来、背伸びをしなくていいのが魅力のはずなんです」という言葉。

「最近、テレビ番組や雑誌などで特集が組まれたり、SNSで注目されたりしている植物を見ると、高価で珍しいものや海外輸入したものに強いスポットが当たっているなと感じます。でもアフリカやマダガスカルの現地植物も無限にあるわけではないし、そればかりだといろいろな意味で続かないよなと。たとえば身近な植物でも、小さいときから育ててみると、予想外の花が咲いたり、いつのまにか子どもが増えていたりすることもある。アボカドの種のように、器や植え方を工夫するだけで魅力的になることもあります。日々模索していくなかで、そういう思いがけないできごとやささやかな発見があるのが、園芸の楽しいところだと思うんですよね」

高価でなくても、ありふれたものでも、日々ていねいに世話をし、自分なりの楽しい工夫を加えていくことで特別な存在になる。その過程を味わうことこそが、植物と暮らす醍醐味なのかもしれません。

イラストが纏う雰囲気そのままに、終始穏やかにお話してくださった佐野さん。背伸びも無理も必要としないそのスタンスは、これから植物を始めてみたいと思うすべての人に寄り添い、やさしく背中を押してくれるものでした。




取材・執筆:むらやまあき
撮影:山中散歩